学問のすゝめ / 十四編・世話の字の義・人民の有様は大きに御苦労なり
この理を拡めて一国の政治上に論ずれば、人民は租税を出だして政府の入用を給し、その世帯向きを保護するものなり。しかるに専制の政にて、人民の助言をば少しも用いず、またその助言を述ぶべき場所もなきは、これまた保護の一方は達して指図の路は塞がりたるものなり。人民の有様は大きに御苦労なりと言うべし。
書き下し
この理を拡めて一国の政治上に論ずれば、人民は租税を出だして政府の入用を給し、その世帯向きを保護するものなり。しかるに専制の政にて、人民の助言をば少しも用いず、またその助言を述ぶべき場所もなきは、これまた保護の一方は達して指図の路は塞がりたるものなり。人民の有様は大きに御苦労なりと言うべし。
現代語訳
この道理を広げて一国の政治について論じれば、人民は租税を出して政府の費用をまかない、その暮らし向きを保護するものです。ところが専制の政治で、人民の助言を少しも用いず、またその助言を述べるべき場所もないのは、これもまた保護の一方は達して指図の道が塞がったものです。人民のありさまは、大きにご苦労と言うべきです。
解説
世話の二分法が政治に当てられ、専制の正体が言い当てられます。人民は税を出して政府を支える側、つまり保護する側なのに、指図の道が塞がっている。負担だけあって発言がない状態です。前段と同じ大きにご苦労という諺で締められるのが効果的で、家庭の小さな不均衡と国家の専制が同じ形であることが示されています。規模が違うだけで、病は同じものだということです。
この章句が説くこと
専制租税発言不均衡負担
関連する章句
-
『学問のすゝめ』十四編・世話の字の義・保護と指図と両様の義を備えて右のごとく世話の字に、保護と指図と両様の義を備えて人の世話をするときは、真によき世話にて世の中は円く治まるべし。譬えば父母の子供におけるがごとく、衣食を与えて保護の世話をすれば、子供は父母の言うことを聞きて指図を受け、親子の間柄に不都合あることなし。また政府にては法律を設けて、国民の生命と面目と私有とを大切に取り扱い、一般の安全を謀りて保護の世話をなし、人民は政府の命令に従いて指図の世話に戻ることあらざれば、公私の間円く治まるべし。
-
『学問のすゝめ』七編・国民の職分を論ず・運上を払うて政府の保護を買う人民はすでに一国の家元にて、国を護るための入用を払うはもとよりその職分なれば、この入用を出だすにつきけっして不平の顔色を見わすべからず。国を護るためには役人の給料なかるべからず、海陸の軍費なかるべからず、裁判所の入用もあり、地方官の入用もあり、その高を集めてこれを見れば大金のように思わるれども、一人前の頭に割り付けてなにほどなるや。日本にて歳入の高を全国の人口に割り付けなば、一人前に一円か二円なるべし。一年の間にわずか一、二円の金を払うて政府の保護を被り、夜盗押込みの患いもなく、ひとり旅行に山賊の恐れもなくして、安穏にこの世を渡るは大なる便利ならずや。およそ世の中に割合よき商売ありといえども、運上を払うて政府の保護を買うほど安きものはなかるべし。
-
『学問のすゝめ』二編・人は同等なること・政府の商売と人民の商売右は士族と平民と一人ずつ相対したる不公平なれども、政府と人民との間柄にいたっては、なおこれよりも見苦しきことあり。幕府はもちろん、三百諸侯の領分にもおのおの小政府を立てて、百姓・町人を勝手次第に取り扱い、あるいは慈悲に似たることあるも、その実は人に持ち前の権理通義を許すことなくして、実に見るに忍びざること多し。そもそも政府と人民との間柄は、前にも言えるごとく、ただ強弱の有様を異にするのみにて、権理の異同あるの理なし。百姓は米を作りて人を養い、町人は物を売買して世の便利を達す。これすなわち百姓・町人の商売なり。政府は法令を設けて悪人を制し、善人を保護す。これすなわち政府の商売なり。この商売をなすには莫大の費えなれども、政府には米もなく金もなきゆえ、百姓・町人より年貢・運上を出だして政府の勝手方を賄わんと、双方一致のうえ相談を取り極めたり。
-
『学問のすゝめ』二編・人は同等なること・双方その職分を尽くしてこれすなわち政府と人民との約束なり。ゆえに百姓・町人は年貢・運上を出だして固く国法を守れば、その職分を尽くしたりと言うべし。政府は年貢・運上を取りて正しくその使い払いを立て、人民を保護すれば、その職分を尽くしたりと言うべし。双方すでにその職分を尽くして約束を違うることなきうえは、さらになんらの申し分もあるべからず、おのおのその権理通義を逞しゅうして、少しも妨げをなすの理なし。
-
『学問のすゝめ』十四編・世話の字の義・諺にいわゆる大きに御苦労また世に貧民救助とて、人物の良否を問わず、その貧乏の原因を尋ねず、ただ貧乏の有様を見て米銭を与うることあり。鰥寡孤独、実に頼るところなき者へは救助も尤もなれども、五升の御救米を貰うて三升は酒にして飲む者なきにあらず。禁酒の指図もできずしてみだりに米を与うるは、指図の行き届かずして保護の度を越えたるものなり。諺にいわゆる「大きに御苦労」とはこのことなり。英国などにても救窮の法に困却するはこの一条なりという。
-
『学問のすゝめ』二編・人は同等なること・御国恩とは何事をさすやしかるに幕府のとき、政府のことをお上様と唱え、お上の御用とあればばかに威光を振るうのみならず、道中の旅籠までもただ食い倒し、川場に銭を払わず、人足に賃銭を与えず、はなはだしきは旦那が人足をゆすりて酒代を取るに至れり。沙汰の限りと言うべし。あるいは殿様のものずきにて普請をするか、または役人の取り計らいにていらざる事を起こし、無益に金を費やして入用不足すれば、いろいろ言葉を飾りて年貢を増し御用金を言いつけ、これを御国恩に報ゆると言う。そもそも御国恩とは何事をさすや。百姓・町人らが安穏に家業を営み、盗賊・人殺しの心配もなくして渡世するを、政府の御恩と言うことなるべし。もとよりかく安穏に渡世するは政府の法あるがためなれども、法を設けて人民を保護するは、もと政府の商売柄にて当然の職分なり。