学問のすゝめ / 十四編・世話の字の義・世話の字に二つの意味あり
世話の字に二つの意味あり、一は「保護」の義なり、一は「命令」の義なり。保護とは人の事につき、傍より番をして防ぎ護り、あるいはこれに財物を与え、あるいはこれがために時を費やし、その人をして利益をも面目をも失わしめざるように世話をすることなり。命令とは人のために考えて、その人の身に便利ならんと思うことを指図し、不便利ならんと思うことには意見を加え、心の丈を尽くして忠告することにて、これまた世話の義なり。
書き下し
世話の字に二つの意味あり、一は「保護」の義なり、一は「命令」の義なり。保護とは人の事につき、傍より番をして防ぎ護り、あるいはこれに財物を与え、あるいはこれがために時を費やし、その人をして利益をも面目をも失わしめざるように世話をすることなり。命令とは人のために考えて、その人の身に便利ならんと思うことを指図し、不便利ならんと思うことには意見を加え、心の丈を尽くして忠告することにて、これまた世話の義なり。
現代語訳
世話という字には二つの意味があります。一つは保護の意味、一つは命令の意味です。保護とは、人の事について傍から番をして防ぎ守り、あるいはこれに財物を与え、あるいはこのために時を費やし、その人に利益も面目も失わせないように世話をすることです。命令とは、人のために考えて、その人の身に便利だろうと思うことを指図し、不便だろうと思うことには意見を加え、心を尽くして忠告することで、これもまた世話の意味です。
解説
十四編の後半が始まり、世話という言葉が二つに分解されます。保護と命令、つまり守ることと指図することです。どちらも世話と呼ばれているが中身は違う、という指摘だけで議論の見通しがよくなります。日常語をまず定義するのは福沢の常套手段で、ここでも曖昧に使われている一語を割ることから、親切とお節介の境目の話が始まっていきます。
この章句が説くこと
世話保護命令定義分解
関連する章句
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『学問のすゝめ』十四編・世話の字の義・保護の至るところはすなわち指図の及ぶところゆえに保護と指図とは両ながらその至るところをともにし、寸分も境界を誤るべからず。保護の至るところはすなわち指図の及ぶところなり。指図の及ぶところは必ず保護の至るところならざるを得ず。もし然らずしてこの二者の至り及ぶところの度を誤り、わずかに齟齬することあれば、たちまち不都合を生じて禍の原因となるべし。世間にその例少なからず。けだしその所以は、世の人々常に世話の字の義を誤りて、あるいは保護の意味に解し、あるいは指図の意味に解し、ただ一方にのみ偏して文字のまったき義を尽くすことなく、もって大なる間違いに及びたるなり。
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『学問のすゝめ』十四編・世話の字の義・保護と指図と両様の義を備えて右のごとく世話の字に、保護と指図と両様の義を備えて人の世話をするときは、真によき世話にて世の中は円く治まるべし。譬えば父母の子供におけるがごとく、衣食を与えて保護の世話をすれば、子供は父母の言うことを聞きて指図を受け、親子の間柄に不都合あることなし。また政府にては法律を設けて、国民の生命と面目と私有とを大切に取り扱い、一般の安全を謀りて保護の世話をなし、人民は政府の命令に従いて指図の世話に戻ることあらざれば、公私の間円く治まるべし。
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『学問のすゝめ』十四編・世話の字の義・諺にいわゆる大きにお世話また昔かたぎに、田舎の老人が旧き本家の系図を持ち出して別家の内を掻きまわし、あるいは銭もなき叔父さまが実家の姪を呼びつけてその家事を指図し、その薄情を責めその不行届きを咎め、はなはだしきに至りては、知らぬ祖父の遺言などとて姪の家の私有を奪い去らんとするがごときは、指図の世話は厚きに過ぎて保護の世話の痕跡もなきものなり。諺にいわゆる「大きにお世話」とはこのことなり。
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『学問のすゝめ』十四編・世話の字の義・甲は不孝にして乙は不慈なり譬えば父母の指図を聴かざる道楽息子へみだりに銭を与えて、その遊冶放蕩を逞しゅうせしむるは、保護の世話は行き届きて指図の世話は行なわれざるものなり。子供は謹慎勉強して父母の命に従うといえども、この子供に衣食をも十分に給せずして無学文盲の苦界に陥らしむるは、指図の世話のみをなして保護の世話を怠るものなり。甲は不孝にして乙は不慈なり。ともにこれを人間の悪事と言うべし。
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『学問のすゝめ』十四編・世話の字の義・名を買わんとして実を失うものこの類を求めて例を挙ぐればいちいち計うるに遑あらず。この「世話」の字義は経済論のもっとも大切なる箇条なれば、人間の渡世において、その職業の異同事柄の軽重にかかわらず、常にこれに注意せざるべからず。あるいはこの議論はまったく算盤ずくにて薄情なるに似たれども、薄くすべきところを無理に厚くせんとし、あるいはその実の薄きを顧みずしてその名を厚くせんとし、かえって人間の至情を害して世の交際を苦々しくするがごときは、名を買わんとして実を失うものと言うべし。
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『学問のすゝめ』十四編・世話の字の義・朋友に屡すれば疎ぜらるる古人の教えに「朋友に屡すれば疎ぜらるる」とあり。そのわけは、「わが忠告をも用いざる朋友に向かいて余計なる深切を尽くし、その気前をも知らずして厚かましく意見をすれば、ついにはかえってあいそつかしとなりて、先の人に嫌われ、あるいは怨まれ、あるいは馬鹿にせられて、事実に益なきゆえ、大概に見計ろうてこちらから寄りつかぬようにすべし」との趣意なり。この趣意もすなわち指図の世話の行き届かぬところには保護の世話をなすべからずということなり。