学問のすゝめ / 十四編・心事の棚卸し・心の店の取締りは行き届きて
他の人事もまたかくのごとし。人間生々の商売は十歳前後人心のできし時よりはじめたるものなれば、平生、智徳事業の帳合いを精密にして、勉めて損亡を引き受けざるように心がけざるべからず。「過ぐる十年の間には何を損し何を益したるや。現今はなんらの商売をなしてその繁盛の有様はいかなるや。今は何品を仕入れていずれの時いずれのところに売り捌くつもりなるや。年来心の店の取締りは行き届きて遊冶懶惰など名のる召使のために穴を明けられたることはなきや。来年も同様の商売にて慥かなる見込みあるべきや。もはや別に智徳を益すべき工夫もなきや」と、諸帳面を点検して棚卸しの総勘定をなすことあらば、過去現在、身の行状につき必ず不都合なることも多かるべし。
書き下し
他の人事もまたかくのごとし。人間生々の商売は十歳前後人心のできし時よりはじめたるものなれば、平生、智徳事業の帳合いを精密にして、勉めて損亡を引き受けざるように心がけざるべからず。「過ぐる十年の間には何を損し何を益したるや。現今はなんらの商売をなしてその繁盛の有様はいかなるや。今は何品を仕入れていずれの時いずれのところに売り捌くつもりなるや。年来心の店の取締りは行き届きて遊冶懶惰など名のる召使のために穴を明けられたることはなきや。来年も同様の商売にて慥かなる見込みあるべきや。もはや別に智徳を益すべき工夫もなきや」と、諸帳面を点検して棚卸しの総勘定をなすことあらば、過去現在、身の行状につき必ず不都合なることも多かるべし。
現代語訳
他の人の事もまたこの通りです。人が生きる商売は十歳前後で心ができたときから始めたものですから、日ごろ智恵と徳と事業の帳合いを精密にして、努めて損を引き受けないように心がけねばなりません。過ぎた十年の間に何を損し何を益したか。今はどんな商売をしてその繁盛のありさまはどうか。今は何を仕入れて、いつ、どこで売りさばくつもりか。年来、心の店の取り締まりは行き届いていて、遊びや怠けと名乗る使用人のために穴を開けられたことはないか。来年も同じ商売で確かな見込みがあるか。もはや別に智恵と徳を増やす工夫はないか。こう諸帳面を点検して棚卸しの総勘定をすれば、過去と現在の身の行いについて、必ず不都合なことも多いでしょう。
解説

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