学問のすゝめ / 十四編・心事の棚卸し・十分と思いし時も事に当たれば必ず足らず
また人の企ては常に大なるものにて、事の難易大小と時日の長短とを比較することはなはだ難し。フランキリン言えることあり、「十分と思いし時も事に当たれば必ず足らざるを覚ゆるものなり」と。この言まことに然り。大工に普請を言いつけ、仕立屋に衣服を注文して、十に八、九は必ずその日限を誤らざる者なし。こは大工・仕立屋のことさらに企てたる不埒にあらず。そのはじめに仕事と時日とを精密に比較せざりしより、はからずも違約に立ち至りたるのみ。さて世間の人は大工・仕立屋に向かいて違約を責むることは珍しからず、これを責むるにまた理屈なきにあらず。大工・仕立屋は常に恐れ入り、旦那はよく道理のわかりたる人物のように見ゆれども、その旦那なる者がみずから自分の請け合いたる仕事につき、はたして日限のとおりに成したることあるや。
書き下し
また人の企ては常に大なるものにて、事の難易大小と時日の長短とを比較することはなはだ難し。フランキリン言えることあり、「十分と思いし時も事に当たれば必ず足らざるを覚ゆるものなり」と。この言まことに然り。大工に普請を言いつけ、仕立屋に衣服を注文して、十に八、九は必ずその日限を誤らざる者なし。こは大工・仕立屋のことさらに企てたる不埒にあらず。そのはじめに仕事と時日とを精密に比較せざりしより、はからずも違約に立ち至りたるのみ。さて世間の人は大工・仕立屋に向かいて違約を責むることは珍しからず、これを責むるにまた理屈なきにあらず。大工・仕立屋は常に恐れ入り、旦那はよく道理のわかりたる人物のように見ゆれども、その旦那なる者がみずから自分の請け合いたる仕事につき、はたして日限のとおりに成したることあるや。
現代語訳
また人の企ては常に大きいもので、事の難易や大小と日数の長短とを比べることは非常に難しい。フランクリンの言葉に、十分と思ったときも事に当たれば必ず足りないと気づくものだ、とあります。この言葉はまことにその通りです。大工に工事を言いつけ、仕立屋に衣服を注文して、十のうち八つか九つは必ずその期日を誤らない者はありません。これは大工や仕立屋がわざと不埒を企てたのではありません。はじめに仕事と日数を精密に比べなかったために、思いがけず約束を破るに至っただけです。さて世間の人が大工や仕立屋に向かって違約を責めるのは珍しくなく、これを責めるにも理屈がないではありません。大工や仕立屋は常に恐れ入り、旦那はよく道理の分かった人物のように見えますが、その旦那なる者が自分の請け負った仕事について、果たして期日通りに成したことがあるでしょうか。
解説
この章句が説くこと
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