学問のすゝめ / 十三編・怨望の人間に害あるを論ず・満天下の人をして自業自得ならしめん
今、世の識者に民選議院の説あり、また出版自由の論あり。その得失はしばらく擱き、もともとこの論説の起こる所以を尋ぬるに、識者の所以はけだし今の日本国中をして古の御殿のごとくならしめず、今の人民をして古の御殿女中のごとくならしめず、怨望に易うるに活動をもってし、嫉妬の念を絶ちて相競うの勇気を励まし、禍福譏誉ことごとくみな自力をもってこれを取り、満天下の人をして自業自得ならしめんとするの趣意なるべし。
書き下し
今、世の識者に民選議院の説あり、また出版自由の論あり。その得失はしばらく擱き、もともとこの論説の起こる所以を尋ぬるに、識者の所以はけだし今の日本国中をして古の御殿のごとくならしめず、今の人民をして古の御殿女中のごとくならしめず、怨望に易うるに活動をもってし、嫉妬の念を絶ちて相競うの勇気を励まし、禍福譏誉ことごとくみな自力をもってこれを取り、満天下の人をして自業自得ならしめんとするの趣意なるべし。
現代語訳
今、世の識者に民選議院の説があり、また出版の自由の論があります。その得失はしばらく置いて、もともとこの論説が起こった理由を尋ねれば、識者の考えは、思うに、今の日本国中を昔の御殿のようにさせず、今の人民を昔の御殿女中のようにさせず、怨望に代えるに活動をもってし、嫉妬の念を絶って競い合う勇気を励まし、禍福も謗りも誉れもことごとく自分の力で取らせ、天下の人を自業自得にしようという趣旨でしょう。
解説
当時の二大論題が、怨望論の文脈に置き直されます。議会も出版の自由も、制度の是非以前に、御殿のような場所を国全体にしないための手立てだ、と。そして目指す状態が示されます。怨望を活動に代え、嫉妬を競争心に変え、禍福を自分の力で取らせる。自業自得という言葉が肯定的に使われているのが特徴で、結果が自分に返ってくることこそ健全だという考えです。
この章句が説くこと
議院出版自由活動自業自得
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