学問のすゝめ / 十一編・名分をもって偽君子を生ずるの論・御恩は変じて迷惑となり仁政は化して苛法となり
しかるにこの意味を知らずして、きかぬ薬を再三飲むがごとく、小刀細工の仁政を用い、神ならぬ身の聖賢が、その仁政に無理を調合してしいて御恩を蒙らしめんとし、御恩は変じて迷惑となり、仁政は化して苛法となり、なおも太平を謡わんとするか。謡わんと欲せばひとり謡いて可なり。これを和する者はなかるべし。その目論見こそ迂遠なれ。実に隣ながらも捧腹に堪えざる次第なり。
書き下し
しかるにこの意味を知らずして、きかぬ薬を再三飲むがごとく、小刀細工の仁政を用い、神ならぬ身の聖賢が、その仁政に無理を調合してしいて御恩を蒙らしめんとし、御恩は変じて迷惑となり、仁政は化して苛法となり、なおも太平を謡わんとするか。謡わんと欲せばひとり謡いて可なり。これを和する者はなかるべし。その目論見こそ迂遠なれ。実に隣ながらも捧腹に堪えざる次第なり。
現代語訳
ところがこの意味を知らずに、効かない薬を再三飲むように、小細工の仁政を用い、神ならぬ身の聖賢が、その仁政に無理を調合して強いて御恩を受けさせようとし、御恩は変じて迷惑となり、仁政は化して苛酷な法となり、それでもなお太平を歌おうというのでしょうか。歌おうと思うなら一人で歌えばよろしい。これに唱和する者はないでしょう。その目論見こそ回りくどい。実に隣にいても腹を抱えずにいられない次第です。
解説
善意の統治が失敗する筋道が、短く鋭く示されます。効かない薬を飲み続け、無理を調合して恩を押しつける。すると恩は迷惑に変わり、仁政は苛酷な法に変わる、と。二つの変化が対句で並ぶのが効果的です。良かれと思って強めるほど悪くなる構造で、押しつけられる側の実感が出ています。太平を歌いたければ一人で歌え、という突き放しも痛烈です。
この章句が説くこと
仁政押付転化苛法独唱
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