学問のすゝめ / 二編・人は同等なること・売り言葉に買い言葉
これを御恩と言うべからず。政府もし人民に対しその保護をもって御恩とせば、百姓・町人は政府に対しその年貢・運上をもって御恩と言わん。政府もし人民の公事訴訟をもってお上の御厄介と言わば、人民もまた言うべし、「十俵作り出だしたる米のうちより五俵の年貢を取らるるは百姓のために大なる御厄介なり」と。いわゆる売り言葉に買い言葉にて、はてしもあらず。とにかくに等しく恩のあるものならば、一方より礼を言いて一方より礼を言わざるの理はなかるべし。
書き下し
これを御恩と言うべからず。政府もし人民に対しその保護をもって御恩とせば、百姓・町人は政府に対しその年貢・運上をもって御恩と言わん。政府もし人民の公事訴訟をもってお上の御厄介と言わば、人民もまた言うべし、「十俵作り出だしたる米のうちより五俵の年貢を取らるるは、百姓のために大なる御厄介なり」と。いわゆる売り言葉に買い言葉にて、はてしもあらず。とにかくに等しく恩のあるものならば、一方より礼を言いて一方より礼を言わざるの理はなかるべし。
現代語訳
これを御恩と言ってはなりません。政府がもし人民に対して、その保護をもって御恩とするなら、百姓や町人は政府に対して、その年貢や運上をもって御恩と言うでしょう。政府がもし人民の訴訟をお上の御厄介と言うなら、人民もまた言うでしょう。十俵作った米のうちから五俵の年貢を取られるのは、百姓にとって大変な御厄介である、と。いわゆる売り言葉に買い言葉で、果てしがありません。とにかく等しく恩があるものなら、一方だけが礼を言って他方が礼を言わない道理はないはずです。
解説
恩の押し売りを、そっくり返してみせる論法です。保護が恩なら納税も恩、訴訟が厄介なら年貢も厄介。同じ論法を相手に返すことで、その論法自体が成り立たないことを示します。そして結論が公平です。互いに恩があるなら、片方だけが礼を言うのはおかしい。対等な関係を、感謝の向きという分かりやすい指標で測っています。
この章句が説くこと
恩対等論法感謝返礼
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『学問のすゝめ』二編・人は同等なること・御国恩とは何事をさすやしかるに幕府のとき、政府のことをお上様と唱え、お上の御用とあればばかに威光を振るうのみならず、道中の旅籠までもただ食い倒し、川場に銭を払わず、人足に賃銭を与えず、はなはだしきは旦那が人足をゆすりて酒代を取るに至れり。沙汰の限りと言うべし。あるいは殿様のものずきにて普請をするか、または役人の取り計らいにていらざる事を起こし、無益に金を費やして入用不足すれば、いろいろ言葉を飾りて年貢を増し御用金を言いつけ、これを御国恩に報ゆると言う。そもそも御国恩とは何事をさすや。百姓・町人らが安穏に家業を営み、盗賊・人殺しの心配もなくして渡世するを、政府の御恩と言うことなるべし。もとよりかく安穏に渡世するは政府の法あるがためなれども、法を設けて人民を保護するは、もと政府の商売柄にて当然の職分なり。
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『学問のすゝめ』二編・人は同等なること・双方その職分を尽くしてこれすなわち政府と人民との約束なり。ゆえに百姓・町人は年貢・運上を出だして固く国法を守れば、その職分を尽くしたりと言うべし。政府は年貢・運上を取りて正しくその使い払いを立て、人民を保護すれば、その職分を尽くしたりと言うべし。双方すでにその職分を尽くして約束を違うることなきうえは、さらになんらの申し分もあるべからず、おのおのその権理通義を逞しゅうして、少しも妨げをなすの理なし。
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『学問のすゝめ』二編・人は同等なること・政府の商売と人民の商売右は士族と平民と一人ずつ相対したる不公平なれども、政府と人民との間柄にいたっては、なおこれよりも見苦しきことあり。幕府はもちろん、三百諸侯の領分にもおのおの小政府を立てて、百姓・町人を勝手次第に取り扱い、あるいは慈悲に似たることあるも、その実は人に持ち前の権理通義を許すことなくして、実に見るに忍びざること多し。そもそも政府と人民との間柄は、前にも言えるごとく、ただ強弱の有様を異にするのみにて、権理の異同あるの理なし。百姓は米を作りて人を養い、町人は物を売買して世の便利を達す。これすなわち百姓・町人の商売なり。政府は法令を設けて悪人を制し、善人を保護す。これすなわち政府の商売なり。この商売をなすには莫大の費えなれども、政府には米もなく金もなきゆえ、百姓・町人より年貢・運上を出だして政府の勝手方を賄わんと、双方一致のうえ相談を取り極めたり。
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『学問のすゝめ』七編・国民の職分を論ず・運上を払うて政府の保護を買う人民はすでに一国の家元にて、国を護るための入用を払うはもとよりその職分なれば、この入用を出だすにつきけっして不平の顔色を見わすべからず。国を護るためには役人の給料なかるべからず、海陸の軍費なかるべからず、裁判所の入用もあり、地方官の入用もあり、その高を集めてこれを見れば大金のように思わるれども、一人前の頭に割り付けてなにほどなるや。日本にて歳入の高を全国の人口に割り付けなば、一人前に一円か二円なるべし。一年の間にわずか一、二円の金を払うて政府の保護を被り、夜盗押込みの患いもなく、ひとり旅行に山賊の恐れもなくして、安穏にこの世を渡るは大なる便利ならずや。およそ世の中に割合よき商売ありといえども、運上を払うて政府の保護を買うほど安きものはなかるべし。
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『学問のすゝめ』十四編・世話の字の義・人民の有様は大きに御苦労なりこの理を拡めて一国の政治上に論ずれば、人民は租税を出だして政府の入用を給し、その世帯向きを保護するものなり。しかるに専制の政にて、人民の助言をば少しも用いず、またその助言を述ぶべき場所もなきは、これまた保護の一方は達して指図の路は塞がりたるものなり。人民の有様は大きに御苦労なりと言うべし。
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