学問のすゝめ / 十一編・名分をもって偽君子を生ずるの論・想像によりてしいて造りたるものなり
さて今、一国と言い、一村と言い、政府と言い、会社と言い、すべて人間の交際と名づくるものはみな大人と大人との仲間なり。他人と他人との付合いなり。この仲間付合いに実の親子の流儀を用いんとするもまた難きにあらずや。されども、たとい実には行なわれ難きことにても、これを行のうてきわめて都合よからんと心に想像するものは、その想像を実に施したく思うもまた人情の常にて、すなわちこれ世に名分なるものの起こりて専制の行なわるる所以なり。ゆえにいわく、名分の本は悪念より生じたるにあらず、想像によりてしいて造りたるものなり。
書き下し
さて今、一国と言い、一村と言い、政府と言い、会社と言い、すべて人間の交際と名づくるものはみな大人と大人との仲間なり。他人と他人との付合いなり。この仲間付合いに実の親子の流儀を用いんとするもまた難きにあらずや。されども、たとい実には行なわれ難きことにても、これを行のうてきわめて都合よからんと心に想像するものは、その想像を実に施したく思うもまた人情の常にて、すなわちこれ世に名分なるものの起こりて専制の行なわるる所以なり。ゆえにいわく、名分の本は悪念より生じたるにあらず、想像によりてしいて造りたるものなり。
現代語訳
さて今、一国といい、一村といい、政府といい、会社といい、すべて人の交わりと名づけるものはみな大人と大人の仲間です。他人と他人の付き合いです。この仲間付き合いに実の親子の流儀を用いようとするのも、また難しいことではありませんか。しかし、たとえ実際には行いがたいことでも、これを行えば非常に都合がよいだろうと心に想像するものは、その想像を実際に施したく思うのもまた人情の常で、これが世に名分というものが起こって専制が行われる理由です。ですから言います。名分の根本は悪い心から生じたのではなく、想像によって無理に作ったものなのです。
解説
適用範囲の話が一般化されます。国も村も政府も会社も、すべて大人同士の他人の付き合いだ、と。そのうえで専制の発生機序が説明されます。うまくいくと想像したものを実際に施したくなるのが人情で、そこから名分が生まれる、と。悪意ではなく想像から生まれる、という診断が独特です。動機を責めず、構造の誤りとして扱うので、批判が人格攻撃になりません。
この章句が説くこと
他人専制想像機序診断
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