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学問のすゝめ / 十一編・名分をもって偽君子を生ずるの論・飯と着物はあたかも天より降り来たるがごとく

譬えば十歳前後の子供を取り扱うには、もとよりその了簡を出ださしむべきにあらず、たいてい両親の見計らいにて衣食を与え、子供はただ親の言に戻らずしてその指図にさえ従えば、寒き時にはちょうど綿入れの用意あり、腹のへる時にはすでに飯の支度ととのい、飯と着物はあたかも天より降り来たるがごとく、わが思う時刻にその物を得て、何一つの不自由なく安心して家に居るべし。両親は己が身にも易えられぬ愛子なれば、これを教え、これを諭し、これを誉むるも、これを叱るも、みな真の愛情より出でざるはなく、親子の間一体のごとくして、その快きこと譬えん方なし。すなわちこれ親子の交際にして、その際には上下の名分も立ち、かつて差しつかえあることなし。

書き下し

譬えば十歳前後の子供を取り扱うには、もとよりその了簡を出ださしむべきにあらず、たいてい両親の見計らいにて衣食を与え、子供はただ親の言に戻らずしてその指図にさえ従えば、寒き時にはちょうど綿入れの用意あり、腹のへる時にはすでに飯の支度ととのい、飯と着物はあたかも天より降り来たるがごとく、わが思う時刻にその物を得て、何一つの不自由なく安心して家に居るべし。両親は己が身にも易えられぬ愛子なれば、これを教え、これを諭し、これを誉むるも、これを叱るも、みな真の愛情より出でざるはなく、親子の間一体のごとくして、その快きこと譬えん方なし。すなわちこれ親子の交際にして、その際には上下の名分も立ち、かつて差しつかえあることなし。

現代語訳

たとえば十歳前後の子供を取り扱うには、もとよりその考えを出させるべきではなく、たいてい両親の見計らいで衣食を与え、子供はただ親の言葉に背かずその指図に従いさえすれば、寒いときにはちょうど綿入れの用意があり、腹が減るときにはすでに飯の支度が整い、飯と着物はまるで天から降ってくるように、自分の思う時刻にその物を得て、何一つ不自由なく安心して家にいられます。両親は自分の身にも代えられない愛しい子ですから、これを教え、これを諭し、これを褒めるのも、これを叱るのも、みな真の愛情から出ないものはなく、親子の間は一体のようで、その心地よさはたとえようもありません。これが親子の交わりであって、その間には上下の名分も立ち、かつて差し支えがありません。

解説

名分が成り立つ唯一の場が描かれます。十歳前後の子と親の関係です。指図に従えば飯も着物も天から降るように用意され、叱るのも褒めるのも愛情から出る。心地よさが率直に認められているのが重要で、この形を否定しているのではありません。ここでは上下の名分が立ち、何の差し支えもない。成立条件を先に示しておいて、次の段でその条件が外れる場面を突きます。

この章句が説くこと

親子条件庇護愛情成立

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