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学問のすゝめ / 十編・前編のつづき、中津の旧友に贈る・夢中学に入ればその学問もまた夢中の夢

わが国士族以上の人、数千百年の旧習に慣れて、衣食の何ものたるを知らず、富有のよりて来たるところを弁ぜず、傲然みずから無為に食して、これを天然の権義と思い、その状あたかも沈湎冒色、前後を忘却する者のごとし。この時に当たり、この輩の人に告ぐるに何事をもってすべきや。ただ自食の説を唱えて、その酔夢を驚かすのほか手段なかるべし。この流の人に向かいて豈高尚の学を勧むべけんや。世を益するの大義を説くべけんや。たといこれに説き勧むるも、夢中学に入れば、その学問もまた夢中の夢のみ。すなわちこれわが輩がもっぱら自食の説を主張して、いまだ真の学問を勧めざりし所以なり。ゆえにこの説は、あまねく徒食の輩に告ぐるものにて、学者に諭すべき言にあらず。

書き下し

わが国士族以上の人、数千百年の旧習に慣れて、衣食の何ものたるを知らず、富有のよりて来たるところを弁ぜず、傲然みずから無為に食して、これを天然の権義と思い、その状あたかも沈湎冒色、前後を忘却する者のごとし。この時に当たり、この輩の人に告ぐるに何事をもってすべきや。ただ自食の説を唱えて、その酔夢を驚かすのほか手段なかるべし。この流の人に向かいて豈高尚の学を勧むべけんや。世を益するの大義を説くべけんや。たといこれに説き勧むるも、夢中学に入れば、その学問もまた夢中の夢のみ。すなわちこれわが輩がもっぱら自食の説を主張して、いまだ真の学問を勧めざりし所以なり。ゆえにこの説は、あまねく徒食の輩に告ぐるものにて、学者に諭すべき言にあらず。

現代語訳

わが国の士族以上の人は、数千百年の古い習慣に慣れて、衣食が何であるかを知らず、富がどこから来るかもわきまえず、傲然と何もせずに食べて、これを自然の権利だと思い、そのさまはまるで酒色に溺れて前後を忘れた者のようです。このときに当たり、この輩の人に何を告げるべきでしょうか。ただ自分で食べよという説を唱えて、その酔いの夢を驚かすほか手段はないでしょう。この種の人に向かってどうして高尚な学を勧められましょうか。世を益する大義を説けましょうか。たとえ説き勧めても、夢の中で学問に入れば、その学問もまた夢の中の夢にすぎません。これが私がもっぱら自分で食べよという説を主張して、まだ真の学問を勧めなかった理由です。ですからこの説は広く徒食の輩に告げるもので、学者に諭すべき言葉ではありません。

解説

なぜ自立の説を繰り返してきたのかが明かされます。相手が違ったのだ、と。働かずに食べることを当然の権利と思っている層には、まず目を覚まさせるしかなかった。夢の中で学べば夢の中の夢だ、という表現が鮮やかです。そして読者が選り分けられます。この説は徒食の輩への言葉であって学者への言葉ではない、と。ここから先は別の話だという宣言で、十編の後半に入ります。

この章句が説くこと

対象覚醒徒食区別段階

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