学問のすゝめ / 十編・前編のつづき、中津の旧友に贈る・いまだ無用の長物たるの名は免れ難し
これを譬えば、ここに沈湎冒色、放蕩無頼の子弟あらん。これを御するの法いかがすべきや。これを導きて人となさんとするには、まずその飲酒を禁じ遊冶を制し、しかる後に相当の業につかしむることなるべし。その飲酒、遊冶を禁ぜざるの間は、いまだともに家業の事を語るべからず。されども人にして酒色に耽らざればとて、これをその人の徳義と言うべからず。ただ世の害をなさざるのみにて、いまだ無用の長物たるの名は免れ難し。その飲酒、遊冶を禁じたるうえ、またしたがって業につき、身を養い、家に益することありて、はじめて十人並みの少年と言うべきなり。自食の論もまたかくのごとし。
書き下し
これを譬えば、ここに沈湎冒色、放蕩無頼の子弟あらん。これを御するの法いかがすべきや。これを導きて人となさんとするには、まずその飲酒を禁じ遊冶を制し、しかる後に相当の業につかしむることなるべし。その飲酒、遊冶を禁ぜざるの間は、いまだともに家業の事を語るべからず。されども人にして酒色に耽らざればとて、これをその人の徳義と言うべからず。ただ世の害をなさざるのみにて、いまだ無用の長物たるの名は免れ難し。その飲酒、遊冶を禁じたるうえ、またしたがって業につき、身を養い、家に益することありて、はじめて十人並みの少年と言うべきなり。自食の論もまたかくのごとし。
現代語訳
これをたとえれば、ここに酒色に溺れた放蕩無頼の子弟がいるとします。これを御する方法はどうすべきでしょうか。これを導いて人にしようとするには、まずその飲酒を禁じ遊びを制し、そのうえで相当の仕事につかせることでしょう。その飲酒や遊びを禁じない間は、まだ一緒に家業のことを語れません。しかし人が酒色に耽らないからといって、これをその人の徳と言ってはなりません。ただ世に害をなさないだけで、まだ無用の長物という名は免れがたい。その飲酒や遊びを禁じたうえ、さらに仕事につき、身を養い、家に益することがあって、はじめて人並みの若者と言うべきです。自分で食べるという議論もまたこの通りです。
解説
この章句が説くこと
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『学問のすゝめ』十編・前編のつづき、中津の旧友に贈る・夢中学に入ればその学問もまた夢中の夢わが国士族以上の人、数千百年の旧習に慣れて、衣食の何ものたるを知らず、富有のよりて来たるところを弁ぜず、傲然みずから無為に食して、これを天然の権義と思い、その状あたかも沈湎冒色、前後を忘却する者のごとし。この時に当たり、この輩の人に告ぐるに何事をもってすべきや。ただ自食の説を唱えて、その酔夢を驚かすのほか手段なかるべし。この流の人に向かいて豈高尚の学を勧むべけんや。世を益するの大義を説くべけんや。たといこれに説き勧むるも、夢中学に入れば、その学問もまた夢中の夢のみ。すなわちこれわが輩がもっぱら自食の説を主張して、いまだ真の学問を勧めざりし所以なり。ゆえにこの説は、あまねく徒食の輩に告ぐるものにて、学者に諭すべき言にあらず。
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