学問のすゝめ / 十編・前編のつづき、中津の旧友に贈る・いまだ独立の日本人と言うべからず
今の学者何を目的として学問に従事するや。不覊独立の大義を求むると言い、自主自由の権義を恢復すると言うにあらずや。すでに自由独立と言うときは、その字義の中におのずからまた義務の考えなかるべからず。独立とは一軒の家に住居して他人へ衣食を仰がずとの義のみにあらず。こはただ内の義務なり。なお一歩を進めて外の義務を論ずれば、日本国に居て日本人たる名を恥ずかしめず、国中の人とともに力を尽くし、この日本国をして自由独立の地位を得せしめ、はじめて内外の義務を終わりたりと言うべし。ゆえに一軒の家に居てわずかに衣食する者は、これを一家独立の主人と言うべし、いまだ独立の日本人と言うべからず。
書き下し
今の学者何を目的として学問に従事するや。不覊独立の大義を求むると言い、自主自由の権義を恢復すると言うにあらずや。すでに自由独立と言うときは、その字義の中におのずからまた義務の考えなかるべからず。独立とは一軒の家に住居して他人へ衣食を仰がずとの義のみにあらず。こはただ内の義務なり。なお一歩を進めて外の義務を論ずれば、日本国に居て日本人たる名を恥ずかしめず、国中の人とともに力を尽くし、この日本国をして自由独立の地位を得せしめ、はじめて内外の義務を終わりたりと言うべし。ゆえに一軒の家に居てわずかに衣食する者は、これを一家独立の主人と言うべし、いまだ独立の日本人と言うべからず。
現代語訳
今の学者は何を目的として学問に従事するのでしょうか。束縛されない独立の大義を求めると言い、自主自由の権利を回復すると言うのではありませんか。すでに自由独立と言うときは、その字義の中に自然とまた義務の考えがなくてはなりません。独立とは、一軒の家に住んで他人に衣食を仰がないという意味だけではありません。それはただ内の義務です。なお一歩進めて外の義務を論じれば、日本国にいて日本人という名を辱めず、国中の人とともに力を尽くし、この日本国に自由独立の地位を得させて、はじめて内外の義務を終えたと言うべきです。ですから一軒の家にいてわずかに衣食する者は、これを一家独立の主人と言うべきで、まだ独立の日本人と言ってはなりません。
解説

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