学問のすゝめ / 十編・前編のつづき、中津の旧友に贈る・かの耳の学問にて官員となる者
たとえば洋学生、三年の修業をすればひととおりの歴史・窮理書を知り、すなわち洋学教師と称して学校を開くべし、また人に雇われて教授すべし、あるいは政府に仕えて大いに用いらるべし。なおこれよりも易きことあり。当時流行の訳書を読み、世間に奔走して内外の新聞を聞き、機に投じて官につけば、すなわち厳然たる官員なり。かかる有様をもって風俗を成さば、世の学問はついに高尚の域に進むことなかるべし。筆端少しく卑劣にわたり、学者に向かいて言うべきことにあらずといえども、銭の勘定をもってこれを説かん。学塾に入りて修業するには一年の費え百円に過ぎず、三年の間に三百円の元入れを卸し、すなわち一月に五、七十円の利益を得るは、洋学生の商売なり。かの耳の学問にて官員となる者はこの三百円の元入れをも費やさざれば、その得るところの月給は正味手取りの利益なり。
書き下し
たとえば洋学生、三年の修業をすればひととおりの歴史・窮理書を知り、すなわち洋学教師と称して学校を開くべし、また人に雇われて教授すべし、あるいは政府に仕えて大いに用いらるべし。なおこれよりも易きことあり。当時流行の訳書を読み、世間に奔走して内外の新聞を聞き、機に投じて官につけば、すなわち厳然たる官員なり。かかる有様をもって風俗を成さば、世の学問はついに高尚の域に進むことなかるべし。筆端少しく卑劣にわたり、学者に向かいて言うべきことにあらずといえども、銭の勘定をもってこれを説かん。学塾に入りて修業するには一年の費え百円に過ぎず、三年の間に三百円の元入れを卸し、すなわち一月に五、七十円の利益を得るは、洋学生の商売なり。かの耳の学問にて官員となる者はこの三百円の元入れをも費やさざれば、その得るところの月給は正味手取りの利益なり。
現代語訳
たとえば洋学生は三年の修業をすれば一通りの歴史や物理の書を知り、洋学教師と称して学校を開くこともでき、また人に雇われて教授することもでき、あるいは政府に仕えて大いに用いられることもできます。なおこれより易しいこともあります。当時流行の訳書を読み、世間を走り回って内外の新聞を聞き、機に乗じて官職につけば、たちまち堂々たる官員です。こうしたありさまが風習になれば、世の学問はついに高い域に進むことがないでしょう。筆先が少し卑しくなり、学者に向かって言うべきことではありませんが、銭の勘定でこれを説きましょう。学塾に入って修業するには一年の費用が百円を越えず、三年の間に三百円の元手を投じて、月に五十円から七十円の利益を得るのが洋学生の商売です。あの耳学問で官員になる者はこの三百円の元手さえ使いませんから、その得る月給は正味手取りの利益です。
解説
この章句が説くこと
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『学問のすゝめ』十編・前編のつづき、中津の旧友に贈る・高利貸といえどもこれに三舎を譲るべし世間諸商売のうちにかかる割合の大利を得るものあるべきや、高利貸といえどもこれに三舎を譲るべし。もとより物価は世の需要の多寡により高低あるものにて、方今、政府をはじめ諸方にて洋学者流を求むること急なるがため、この相場の景気をも生じたるものなれば、あえてその人を奸なりとて咎むるにあらず、またこれを買う者を愚なりとて謗るにあらず、ただわが輩の存意には、この人をしてなお三、五年の艱苦を忍び真に実学を勉強して後に事につかしめなば、大いに成すこともあらんと思うのみ。かくありてこそ日本全国に分布せる智徳に力を増して、はじめて西洋諸国の文明と鋒を争うの場合に至るべきなり。
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『学問のすゝめ』十編・前編のつづき、中津の旧友に贈る・我は悉皆短にして彼は悉皆長なるがごとし試みに見よ、方今、天下の形勢、文明はその名あれどもいまだその実を見ず、外の形は備われども内の精神は耗し。今のわが海陸軍をもって西洋諸国の兵と戦うべきや、けっして戦うべからず。今のわが学術をもって西洋人に教ゆべきや、けっして教ゆべきものなし。かえってこれを彼に学んでなおその及ばざるを恐るるのみ。外国に留学生あり、内国に雇いの教師あり、政府の省・寮・学校より、諸府諸港に至るまで、大概みな外国人を雇わざるものなし。あるいは私立の会社・学校の類といえども、新たに事を企つるものは必ずまず外国人を雇い、過分の給料を与えてこれに依頼するもの多し。彼の長を取りてわが短を補うとは人の口吻なれども、今の有様を見れば我は悉皆短にして彼は悉皆長なるがごとし。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・漢を体にして洋を衣にするしかるにまた、これに依頼すべからざるの事情あり。近来この流の人ようやく世間に増加し、あるいは横文を講じ、あるいは訳書を読み、もっぱら力を尽くすに似たりといえども、学者あるいは字を読みて義を解さざるか、あるいは義を解してこれを事実に施すの誠意なきか、その所業につきわが輩の疑いを存するもの少なからず。その疑いを存するとは、この学者士君子、みな官あるを知りて私あるを知らず、政府の上に立つの術を知りて、政府の下に居るの道を知らざるの一事なり。畢竟、漢学者流の悪習を免れざるものにて、あたかも漢を体にして洋を衣にするがごとし。
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『学問のすゝめ』十編・前編のつづき、中津の旧友に贈る・飯を炊き風呂の火を焚くも学問なり学問するには、その志を高遠にせざるべからず。飯を炊き、風呂の火を焚くも学問なり。天下の事を論ずるもまた学問なり。されども一家の世帯は易くして、天下の経済は難し。およそ世の事物、これを得るに易きものは貴からず。物の貴き所以はこれを得るの手段難ければなり。私に案ずるに、今の学者あるいはその難を棄てて易きにつくの弊あるに似たり。昔封建の世においては、学者あるいは所得あるも、天下の事みなきりつめたる有様にて、その学問を施すべき場所なければ、やむをえずして学びしうえにもまた学問を勉め、その学風はよろしからずといえども、読書に勉強して、その博識なるは今人の及ぶところにあらず。今の学者はすなわち然らず。したがって学べばしたがってこれを実地に施すべし。
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『学問のすゝめ』十編・前編のつづき、中津の旧友に贈る・日本の財貨を外国へ棄つることなりただ、今の学者の成業を待ち、この学者をして自国の用を便ぜしむるのほか、さらに手段あるべからず。すなわちこれ学者の身に引き受けたる職分なれば、その責め急なりと言うべし。今わが国内に雇い入れたる外国人は、わが学者未熟なるがゆえにしばらくその名代を勤めしむるものなり。今わが国内に外国の器品を買い入るるは、わが国の工業拙なるがゆえにしばらく銭と交易して用を便ずるものなり。この人を雇いこの品を買うがために金を費やすは、わが学術のいまだ彼に及ばざるがために日本の財貨を外国へ棄つることなり。国のためには惜しむべし。学者の身となりては慚ずべし。かつ人として前途の望みなかるべからず、望みあらざれば世に事を勉むる者なし。明日の幸を望んで今日の不幸をも慰むべし。来年の楽を望んで今年の苦をも忍ぶべし。昔日は世の事物みな旧格に制せられて有志の士といえども望みを養うべき目的なかりしが、今や然らず、この制限を一掃せしより後は、あたかも学者のために新世界を開きしがごとく、天下ところとして事をなすの地位あらざるはなし。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・世間の気風に酔いてみずから知らず試みにその実証を挙げて言わん。方今世の洋学者流はおおむねみな官途につき、私に事をなす者はわずかに指を屈するに足らず。けだしその官にあるは、ただ利これ貪るのためのみにあらず、生来の教育に先入してひたすら政府に眼を着し、政府にあらざればけっして事をなすべからざるものと思い、これに依頼して宿昔青雲の志を遂げんと欲するのみ。あるいは世に名望ある大家先生といえども、この範囲を脱するを得ず。その所業あるいは賤しむべきに似たるも、その意は深く咎むるに足らず、けだし意の悪しきにあらず、ただ世間の気風に酔いてみずから知らざるなり。名望を得たる士君子にしてかくのごとし。天下の人、あにその風に倣わざるを得んや。