学問のすゝめ / 四編・学者の職分を論ず・漢を体にして洋を衣にする
しかるにまたこれに依頼すべからざるの事情あり。近来この流の人ようやく世間に増加し、あるいは横文を講じあるいは訳書を読み、もっぱら力を尽くすに似たりといえども、学者あるいは字を読みて義を解さざるか、あるいは義を解してこれを事実に施すの誠意なきか、その所業につきわが輩の疑いを存するもの少なからず。その疑いを存するとは、この学者士君子、みな官あるを知りて私あるを知らず、政府の上に立つの術を知りて、政府の下に居るの道を知らざるの一事なり。畢竟、漢学者流の悪習を免れざるものにて、あたかも漢を体にして洋を衣にするがごとし。
書き下し
しかるにまた、これに依頼すべからざるの事情あり。近来この流の人ようやく世間に増加し、あるいは横文を講じ、あるいは訳書を読み、もっぱら力を尽くすに似たりといえども、学者あるいは字を読みて義を解さざるか、あるいは義を解してこれを事実に施すの誠意なきか、その所業につきわが輩の疑いを存するもの少なからず。その疑いを存するとは、この学者士君子、みな官あるを知りて私あるを知らず、政府の上に立つの術を知りて、政府の下に居るの道を知らざるの一事なり。畢竟、漢学者流の悪習を免れざるものにて、あたかも漢を体にして洋を衣にするがごとし。
現代語訳
ところがまた、この人たちにも頼れない事情があります。近ごろこの流派の人が次第に世間に増え、横文字を講じたり訳書を読んだりして、もっぱら力を尽くしているように見えますが、学者が字を読んで意味を理解していないのか、意味は理解してもそれを実際に行う誠意がないのか、その行いについて私が疑いを持つものが少なくありません。その疑いとは、この学者や立派な人々が、みな官があることは知っていて民間があることを知らず、政府の上に立つ術は知っていて、政府の下にいる道を知らない、という一事です。結局、漢学者の悪い習慣を免れないもので、まるで中身は漢のままで、西洋を衣として着ているようなものです。
解説
洋学者への批判が展開されます。西洋を学んだつもりでも、官を目指すという発想は漢学者と同じ。漢を体にして洋を衣にする、という比喩が的確で、知識を替えても行動の型が変わっていないことを言い当てています。政府の下にいる道を知らない、という指摘が核心で、批判者や実務者として在野に立つ生き方が想像できていない、ということです。
この章句が説くこと
洋学者批判官型模倣
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