学問のすゝめ / 四編・学者の職分を論ず・漢を体にして洋を衣にする
しかるにまたこれに依頼すべからざるの事情あり。近来この流の人ようやく世間に増加し、あるいは横文を講じあるいは訳書を読み、もっぱら力を尽くすに似たりといえども、学者あるいは字を読みて義を解さざるか、あるいは義を解してこれを事実に施すの誠意なきか、その所業につきわが輩の疑いを存するもの少なからず。その疑いを存するとは、この学者士君子、みな官あるを知りて私あるを知らず、政府の上に立つの術を知りて、政府の下に居るの道を知らざるの一事なり。畢竟、漢学者流の悪習を免れざるものにて、あたかも漢を体にして洋を衣にするがごとし。
書き下し
しかるにまた、これに依頼すべからざるの事情あり。近来この流の人ようやく世間に増加し、あるいは横文を講じ、あるいは訳書を読み、もっぱら力を尽くすに似たりといえども、学者あるいは字を読みて義を解さざるか、あるいは義を解してこれを事実に施すの誠意なきか、その所業につきわが輩の疑いを存するもの少なからず。その疑いを存するとは、この学者士君子、みな官あるを知りて私あるを知らず、政府の上に立つの術を知りて、政府の下に居るの道を知らざるの一事なり。畢竟、漢学者流の悪習を免れざるものにて、あたかも漢を体にして洋を衣にするがごとし。
現代語訳
ところがまた、この人たちにも頼れない事情があります。近ごろこの流派の人が次第に世間に増え、横文字を講じたり訳書を読んだりして、もっぱら力を尽くしているように見えますが、学者が字を読んで意味を理解していないのか、意味は理解してもそれを実際に行う誠意がないのか、その行いについて私が疑いを持つものが少なくありません。その疑いとは、この学者や立派な人々が、みな官があることは知っていて民間があることを知らず、政府の上に立つ術は知っていて、政府の下にいる道を知らない、という一事です。結局、漢学者の悪い習慣を免れないもので、まるで中身は漢のままで、西洋を衣として着ているようなものです。
解説

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『甲陽軍鑑』品第十一左様に親類の出頭に自慢して能人を議り、己れが身にかけてはあしくしなす人をば、馬糞つかみと云ふ鳥にたとへたり、此馬糞つかみは鷹の自然によりきるを笑ひ、又鷹の鳥取るをみても笑ひ、よりをきるは勿体なし、あの様に取るはあしき取り様と批判仕り、己れがいでとらんといふてはるかの野へまいおり、鳥の立ちたる跡にばふんのあれば、それをやう〳〵つかむと申し伝へたれば、手抦の侍を誹る人の二十四十に成る迄も、何の手抦もなき人を、ばふんつかみ侍とは申し習はすなり、其根元は是れ只偏へにばかなる大将のさせ給ふ義なり、
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孟子・盡心章句下貉稽(ハク・ケイ)曰く、「稽大いに口に理あらず。」孟子曰く、「傷むこと無かれ。士は茲の多口に憎まる。詩に云う、『憂心悄悄たり、羣小に慍らる』とは、孔子なり。『肆(ついに)に厥に慍りを殄(たつ)たず、亦た厥の問を隕とさず』とは、文王なり。」
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