学問のすゝめ / 九編・昨日便利とせしものも今日は迂遠となり
何事もこのとおりにて、世の中の有様はしだいに進み、昨日便利とせしものも今日は迂遠となり、去年の新工夫も今年は陳腐に属す。西洋諸国日新の勢いを見るに、電信・蒸気・百般の器械、したがって出ずればしたがって面目を改め、日に月に新奇ならざるはなし。ただに有形の器械のみ新奇なるにあらず、人智いよいよ開くれば交際いよいよ広く、交際いよいよ広ければ人情いよいよ和らぎ、万国公法の説に権を得て、戦争を起こすこと軽率ならず、経済の議論盛んにして政治・商売の風を一変し、学校の制度、著書の体裁、政府の商議、議院の政談、いよいよ改むればいよいよ高く、その至るところの極を期すべからず。試みに西洋文明の歴史を読み、開闢の時より紀元一六〇〇年代に至りて巻を閉ざし、二百年の間を超えて、とみに一八〇〇年代の巻を開きてこれを見ば、誰かその長足の進歩に驚駭せざるものあらんや。ほとんど同国の史記とは信じ難かるべし。然りしこうしてその進歩をなせし所以の本を尋ぬれば、みなこれ古人の遺物、先進の賜なり。
書き下し
何事もこのとおりにて、世の中の有様はしだいに進み、昨日便利とせしものも今日は迂遠となり、去年の新工夫も今年は陳腐に属す。西洋諸国日新の勢いを見るに、電信・蒸気・百般の器械、したがって出ずればしたがって面目を改め、日に月に新奇ならざるはなし。ただに有形の器械のみ新奇なるにあらず、人智いよいよ開くれば交際いよいよ広く、交際いよいよ広ければ人情いよいよ和らぎ、万国公法の説に権を得て、戦争を起こすこと軽率ならず、経済の議論盛んにして政治・商売の風を一変し、学校の制度、著書の体裁、政府の商議、議院の政談、いよいよ改むればいよいよ高く、その至るところの極を期すべからず。試みに西洋文明の歴史を読み、開闢の時より紀元一六〇〇年代に至りて巻を閉ざし、二百年の間を超えて、とみに一八〇〇年代の巻を開きてこれを見ば、誰かその長足の進歩に驚駭せざるものあらんや。ほとんど同国の史記とは信じ難かるべし。然りしこうしてその進歩をなせし所以の本を尋ぬれば、みなこれ古人の遺物、先進の賜なり。
現代語訳
何事もこの通りで、世の中のありさまは次第に進み、昨日便利としたものも今日は回りくどくなり、去年の新工夫も今年は古くさくなります。西洋諸国の日々新たな勢いを見ると、電信、蒸気、あらゆる器械が、出てくるたびに面目を改め、日ごと月ごとに新奇でないものはありません。ただ形のある器械だけが新しいのではなく、人の智恵が開けるほど交わりは広くなり、交わりが広くなるほど人情は和らぎ、万国公法の説が力を得て、戦争を起こすことも軽率でなくなり、経済の議論が盛んになって政治と商売の風を一変し、学校の制度、著書の体裁、政府の協議、議院の政談も、改めるほど高くなって、その到達する極みを見通せません。試みに西洋文明の歴史を読み、開闢のときから千六百年代に至って巻を閉じ、二百年を飛ばして急に千八百年代の巻を開いて見れば、誰がその長足の進歩に驚かずにいられましょうか。ほとんど同じ国の歴史とは信じがたいでしょう。そしてその進歩をなした根本を尋ねれば、みなこれ古人の遺物、先進の賜物なのです。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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『智囊』制勝・韋睿魏の中山王元英、百万の衆を以て北徐州を寇し、刺史昌義之を鍾離に囲む。帝、曹景宗を遣わして大兵を将いて往き救わしめ、睿に敕して所部を帥いて往きて之に会せしむ。睿合肥より径ちに進む。時に魏兵の声勢甚だ盛んにして、諸将懼れ、緩く行かんことを請う。睿曰く、「鍾離は救いを望むこと甚だ急なり。車馳せ卒奔るも、猶お其の後れんことを恐る。而るに緩くすべけんや。魏兵深く入りて、已に吾が腹中に堕つ。憂うる勿かれ」と。旬日ならずして至り、遂に景宗の営の前二十里に、一夜にして長塹を掘り、鹿角を樹て、土を截りて城と為し、暁に比びて営立つ。元英驚きて以て神と為す。英先に邵陽洲の両岸に於いて両橋を為り、柵を樹つること数百歩、淮に跨りて道を通ず。睿乃ち大艘を装い、淮水の暴漲に乗じて、競い発して以て其の塁に臨ましめ、而して小船をして葦藁を載せ、之に膏油を灌ぎ、風に乗じて火を縦たしむ。煙焔天を障り、倏忽の間に、橋柵尽く壊る。我が軍勢いに乗じて奮勇し、呼声天地を動かし、一を以て百に当たらざる無し。魏兵大いに潰え、元英僅かに身を以て免る。昌義之報を得て、語るに暇あらず、但だ直ちに叫んで曰く、「更生、更生」と。〔述〕時に魏人歌いて曰く、「蕭娘と呂姥とを畏れず、但だ合肥に韋虎有るを畏る」と。韋は即ち睿なり。呂は呂僧珍。蕭は臨川王宏なり。