学問のすゝめ / 九編・汝の額の汗をもって汝の食を食らえ
ゆえに人としてみずから衣食住を給するは難きことにあらず。この事を成せばとて、あえて誇るべきにあらず。もとより独立の活計は人間の一大事、「汝の額の汗をもって汝の食を食らえ」とは古人の教えなれども、余が考えには、この教えの趣旨を達したればとていまだ人たるものの務めを終われりとするに足らず。この教えはわずかに人をして禽獣に劣ることなからしむるのみ。試みに見よ。禽獣魚虫、みずから食を得ざるものなし。ただにこれを得て一時の満足を取るのみならず、蟻のごときははるかに未来を図り、穴を掘りて居処を作り、冬日の用意に食料を貯うるにあらずや。
書き下し
ゆえに人としてみずから衣食住を給するは難きことにあらず。この事を成せばとて、あえて誇るべきにあらず。もとより独立の活計は人間の一大事、「汝の額の汗をもって汝の食を食らえ」とは古人の教えなれども、余が考えには、この教えの趣旨を達したればとていまだ人たるものの務めを終われりとするに足らず。この教えはわずかに人をして禽獣に劣ることなからしむるのみ。試みに見よ。禽獣魚虫、みずから食を得ざるものなし。ただにこれを得て一時の満足を取るのみならず、蟻のごときははるかに未来を図り、穴を掘りて居処を作り、冬日の用意に食料を貯うるにあらずや。
現代語訳
ですから人が自分で衣食住をまかなうのは難しいことではありません。この事を成したからといって、あえて誇るべきものではありません。もとより独立の生計は人の一大事で、汝の額の汗をもって汝の食を食らえ、とは古人の教えですが、私の考えでは、この教えの趣旨を達したからといって、まだ人としての務めを終えたとするには足りません。この教えはわずかに人を鳥獣に劣らないようにするだけです。試しに見なさい。鳥や獣、魚や虫で、自分で食を得ないものはありません。ただそれを得て一時の満足を取るだけでなく、蟻のようなものは遥か先を見越して、穴を掘って住処を作り、冬の用意に食料を蓄えているではありませんか。
解説
自分で食べていけることの価値が、はっきり格下げされます。額に汗して食べよという聖書の教えを引きながら、それは鳥獣に劣らない水準にすぎない、と。しかも蟻は先を見越して蓄えまでする、と比較が具体的です。生計の独立を一大事と認めたうえで、そこを到達点にするなという二段構えになっています。生活が成り立った人が次に何を目指すのか、という問いが立てられました。
この章句が説くこと
生計水準蟻比較次の段
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