学問のすゝめ / 八編・わが心をもって他人の身を制すべからず・欲を離れて道理の内に入らしむるものは誠の本心
第四、人にはおのおの至誠の本心あり。誠の心はもって情欲を制し、その方向を正しくして止まるところを定むべし。たとえば情欲には限りなきものにて、美服美食もいずれにて十分と界を定め難し。今もし働くべき仕事をば捨て置き、ひたすらわが欲するもののみを得んとせば、他人を害してわが身を利するよりほかに道なし。これを人間の所業と言うべからず。この時に当たりて欲と道理とを分別し、欲を離れて道理の内に入らしむるものは誠の本心なり。第五、人にはおのおの意思あり。意思はもって事をなすの志を立つべし。譬えば世の事は怪我の機にてできるものなし。善き事も悪き事もみな人のこれをなさんとする意ありてこそできるものなり。
書き下し
第四、人にはおのおの至誠の本心あり。誠の心はもって情欲を制し、その方向を正しくして止まるところを定むべし。たとえば情欲には限りなきものにて、美服美食もいずれにて十分と界を定め難し。今もし働くべき仕事をば捨て置き、ひたすらわが欲するもののみを得んとせば、他人を害してわが身を利するよりほかに道なし。これを人間の所業と言うべからず。この時に当たりて欲と道理とを分別し、欲を離れて道理の内に入らしむるものは誠の本心なり。第五、人にはおのおの意思あり。意思はもって事をなすの志を立つべし。譬えば世の事は怪我の機にてできるものなし。善き事も悪き事もみな人のこれをなさんとする意ありてこそできるものなり。
現代語訳
第四に、人にはそれぞれ至誠の本心があります。誠の心によって情欲を制し、その方向を正しくして止まるところを定めます。たとえば情欲には限りがなく、美服美食もどこで十分という境目を定めがたい。今もし働くべき仕事を捨て置いて、ひたすら自分の欲するものだけを得ようとすれば、他人を害して自分の身を利するほかに道はありません。これを人間の所業と言うことはできません。このときに当たって欲と道理とを分け、欲を離れて道理の内に入らせるものが誠の本心です。第五に、人にはそれぞれ意思があります。意思によって事を成す志を立てます。たとえば世の事は偶然にできるものではありません。善い事も悪い事も、みな人がこれをしようとする意志があってこそできるものです。
解説
この章句が説くこと
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