学問のすゝめ / 八編・わが心をもって他人の身を制すべからず・この情欲あらざれば働きあるべからず
第三、人にはおのおの情欲あり。情欲はもって心身の働きを起こし、この情欲を満足して一身の幸福をなすべし。たとえば人として美服美食を好まざる者なし。されどもこの美服美食はおのずから天地の間に生ずるものにあらず。これを得んとするには人の働きなかるべからず。ゆえに人の働きはたいていみな情欲の催促を受けて起こるものなり。この情欲あらざれば働きあるべからず、この働きあらざれば安楽の幸福あるべからず。禅坊主などは働きもなく幸福もなきものと言うべし。
書き下し
第三、人にはおのおの情欲あり。情欲はもって心身の働きを起こし、この情欲を満足して一身の幸福をなすべし。たとえば人として美服美食を好まざる者なし。されどもこの美服美食はおのずから天地の間に生ずるものにあらず。これを得んとするには人の働きなかるべからず。ゆえに人の働きはたいていみな情欲の催促を受けて起こるものなり。この情欲あらざれば働きあるべからず、この働きあらざれば安楽の幸福あるべからず。禅坊主などは働きもなく幸福もなきものと言うべし。
現代語訳
第三に、人にはそれぞれ情欲があります。情欲によって心身の働きが起こり、この情欲を満足させて一身の幸福とします。たとえば人として美しい衣服やうまい食事を好まない者はありません。しかしこの美服美食は自然に天地の間に生じるものではない。これを得ようとするには人の働きがなければなりません。ですから人の働きはたいていみな情欲の催促を受けて起こるものです。この情欲がなければ働きはなく、この働きがなければ安楽の幸福もありません。禅坊主などは働きもなく幸福もないものと言うべきです。
解説
第三の性質は情欲で、これが否定されずに肯定されるのが八編の面白いところです。欲があるから働き、働くから幸福がある。この順序で欲が労働の原動力として位置づけられます。そして禅坊主への一言が置かれる。欲を断つ生き方を、働きも幸福もないと切り捨てる軽口です。禁欲を徳とする見方への反発がはっきりしており、明治の勤労観を支える考え方がここに現れています。
この章句が説くこと
情欲原動力労働幸福肯定
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