学問のすゝめ / 八編・わが心をもって他人の身を制すべからず・人の一身は他人と相離れて一人前の全体をなし
アメリカのエイランドなる人の著わしたる『モラル・サイヤンス』という書に、人の身心の自由を論じたることあり。その論の大意にいわく、人の一身は他人と相離れて一人前の全体をなし、みずからその身を取り扱い、みずからその心を用い、みずから一人を支配して、務むべき仕事を務むるはずのものなり。ゆえに、第一、人にはおのおの身体あり。身体はもって外物に接し、その物を取りてわが求むるところを達すべし。譬えば種を蒔きて米を作り、綿を取りて衣服を製するがごとし。第二、人にはおのおの智恵あり。智恵はもって物の道理を発明し、事を成すの目途を誤ることなし。譬えば米を作るに肥しの法を考え、木綿を織るに機の工夫をするがごとし。みな智恵分別の働きなり。
書き下し
アメリカのエイランドなる人の著わしたる『モラル・サイヤンス』という書に、人の身心の自由を論じたることあり。その論の大意にいわく、人の一身は他人と相離れて一人前の全体をなし、みずからその身を取り扱い、みずからその心を用い、みずから一人を支配して、務むべき仕事を務むるはずのものなり。ゆえに、第一、人にはおのおの身体あり。身体はもって外物に接し、その物を取りてわが求むるところを達すべし。譬えば種を蒔きて米を作り、綿を取りて衣服を製するがごとし。第二、人にはおのおの智恵あり。智恵はもって物の道理を発明し、事を成すの目途を誤ることなし。譬えば米を作るに肥しの法を考え、木綿を織るに機の工夫をするがごとし。みな智恵分別の働きなり。
現代語訳
アメリカのウェーランドという人が著した『モラル・サイエンス』という書に、人の身心の自由を論じたところがあります。その論の大意はこうです。人の一身は他人と離れて一人前の全体をなし、自分でその身を取り扱い、自分でその心を用い、自分一人を支配して、務めるべき仕事を務めるはずのものである。ですから第一に、人にはそれぞれ身体があります。身体によって外の物に接し、その物を取って自分の求めるところを達します。たとえば種を蒔いて米を作り、綿を取って衣服を作るようなものです。第二に、人にはそれぞれ智恵があります。智恵によって物の道理を見出し、事を成す目当てを誤りません。たとえば米を作るのに肥料の方法を考え、木綿を織るのに機の工夫をするようなものです。みな智恵と分別の働きです。
解説
この章句が説くこと
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『学問のすゝめ』八編・わが心をもって他人の身を制すべからず・これを人間の権義と言うなり以上、五つのものは人に欠くべからざる性質にして、この性質を自由自在に取り扱い、もって一身の独立をなすものなり。さて独立といえば、ひとり世の中の偏人奇物にて世間の付合いもなき者のように聞こゆれども、けっして然らず。人として世に居れば、もとより朋友なかるべからずといえども、その朋友もまたわれに交わりを求むることなおわが朋友を慕うがごとくなれば、世の交わりは相互いのことなり。ただこの五つの力を用うるに当たり、天より定めたる法に従いて、分限を越えざること緊要なるのみ。すなわちその分限とは、我もこの力を用い、他人もこの力を用いて、相互にその働きを妨げざるを言うなり。かくのごとく、人たる者の分限を誤らずして世を渡るときは、人に咎めらるることもなく、天に罪せらるることもなかるべし。これを人間の権義と言うなり。
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『学問のすゝめ』八編・わが心をもって他人の身を制すべからず・傍よりかれこれとこれを議論するの理なし右の次第により、人たる者は他人の権義を妨げざれば、自由自在に己が身体を用うるの理あり。その好むところに行き、その欲するところに止まり、あるいは働き、あるいは遊び、あるいはこの事を行ない、あるいはかの業をなし、あるいは昼夜勉強するも、あるいは意に叶わざれば無為にして終日寝るも、他人に関係なきことなれば、傍よりかれこれとこれを議論するの理なし。
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『学問のすゝめ』八編・わが心をもって他人の身を制すべからず・欲を離れて道理の内に入らしむるものは誠の本心第四、人にはおのおの至誠の本心あり。誠の心はもって情欲を制し、その方向を正しくして止まるところを定むべし。たとえば情欲には限りなきものにて、美服美食もいずれにて十分と界を定め難し。今もし働くべき仕事をば捨て置き、ひたすらわが欲するもののみを得んとせば、他人を害してわが身を利するよりほかに道なし。これを人間の所業と言うべからず。この時に当たりて欲と道理とを分別し、欲を離れて道理の内に入らしむるものは誠の本心なり。第五、人にはおのおの意思あり。意思はもって事をなすの志を立つべし。譬えば世の事は怪我の機にてできるものなし。善き事も悪き事もみな人のこれをなさんとする意ありてこそできるものなり。
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『学問のすゝめ』十六編・手近く独立を守ること・独立の義に縁なきように思わるることにも品物につきての独立とは、世間の人が銘々に身代を持ち、銘々に家業を勤めて、他人の世話厄介にならぬよう、一身一家内の始末をすることにて、一口に申せば人に物を貰わぬという義なり。有形の独立は右のごとく目にも見えて弁じやすけれども、無形の精神の独立に至りては、その意味深く、その関係広くして、独立の義に縁なきように思わるることにもこの趣意を存して、これを誤るものはなはだ多し。細事ながら左にその一ヵ条を撮りてこれを述べん。
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『学問のすゝめ』初編・自由とわがままとの界学問をするには分限を知ること肝要なり。人の天然生まれつきは、繋がれず縛られず、一人前の男は男、一人前の女は女にて自由自在なる者なれども、ただ自由自在とのみ唱えて分限を知らざれば、わがまま放蕩に陥ること多し。すなわちその分限とは、天の道理に基づき人の情に従い、他人の妨げをなさずしてわが一身の自由を達することなり。自由とわがままとの界は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。譬えば自分の金銀を費やしてなすことなれば、たとい酒色に耽り放蕩を尽くすも自由自在なるべきに似たれども、けっして然らず、一人の放蕩は諸人の手本となり、ついに世間の風俗を乱りて人の教えに妨げをなすがゆえに、その費やすところの金銀はその人のものたりとも、その罪許すべからず。
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『学問のすゝめ』三編・一身独立して一国独立すること・人を放ちてともに苦楽を与にす右三ヵ条に言うところはみな、人民に独立の心なきより生ずる災害なり。今の世に生まれ、いやしくも愛国の意あらん者は、官私を問わずまず自己の独立を謀り、余力あらば他人の独立を助け成すべし。父兄は子弟に独立を教え、教師は生徒に独立を勧め、士農工商ともに独立して国を守らざるべからず。概してこれを言えば、人を束縛してひとり心配を求むるより、人を放ちてともに苦楽を与にするに若かざるなり。