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学問のすゝめ / 初編・自由とわがままとの界

学問をするには分限を知ること肝要なり。人の天然生まれつきは、繋がれず縛られず、一人前の男は男、一人前の女は女にて、自由自在なる者なれども、ただ自由自在とのみ唱えて分限を知らざればわがまま放蕩に陥ること多し。すなわちその分限とは、天の道理に基づき人の情に従い、他人の妨げをなさずしてわが一身の自由を達することなり。自由とわがままとの界は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。譬えば自分の金銀を費やしてなすことなれば、たとい酒色に耽り放蕩を尽くすも自由自在なるべきに似たれども、けっして然らず、一人の放蕩は諸人の手本となり、ついに世間の風俗を乱りて人の教えに妨げをなすがゆえに、その費やすところの金銀はその人のものたりとも、その罪許すべからず。

書き下し

学問をするには分限を知ること肝要なり。人の天然生まれつきは、繋がれず縛られず、一人前の男は男、一人前の女は女にて自由自在なる者なれども、ただ自由自在とのみ唱えて分限を知らざれば、わがまま放蕩に陥ること多し。すなわちその分限とは、天の道理に基づき人の情に従い、他人の妨げをなさずしてわが一身の自由を達することなり。自由とわがままとの界は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。譬えば自分の金銀を費やしてなすことなれば、たとい酒色に耽り放蕩を尽くすも自由自在なるべきに似たれども、けっして然らず、一人の放蕩は諸人の手本となり、ついに世間の風俗を乱りて人の教えに妨げをなすがゆえに、その費やすところの金銀はその人のものたりとも、その罪許すべからず。

現代語訳

学問をするには、自分の限度を知ることが肝心です。人の生まれつきは繋がれず縛られず、一人前の男は男、一人前の女は女として自由自在なものですが、ただ自由自在とだけ唱えて限度を知らなければ、わがままや放蕩に陥ることが多い。その限度とは、天の道理に基づき人の情に従い、他人の妨げをせずに自分一身の自由を達することです。自由とわがままの境は、他人の妨げをするかしないかの間にあります。たとえば自分の金を使ってすることなら、たとえ酒や色にふけって放蕩を尽くしても自由自在であるように見えますが、決してそうではありません。一人の放蕩は多くの人の手本となり、ついに世間の風俗を乱して人の教えに妨げをなすので、費やす金はその人のものであっても、その罪は許されません。

解説

自由とわがままの境が定義されます。他人の妨げになるかどうか。今日の他者危害原則にあたる考え方を、明治初年に平易な言葉で置いています。そして自分の金なら何をしてもよいという言い分を退ける。放蕩は手本として広がるから、私費であっても罪だと言う。自由を制限する根拠を、金の所有ではなく影響の広がりに置いた議論です。

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