学問のすゝめ / 八編・わが心をもって他人の身を制すべからず・これを人間の権義と言うなり
以上、五つのものは人に欠くべからざる性質にして、この性質を自由自在に取り扱い、もって一身の独立をなすものなり。さて独立といえば、ひとり世の中の偏人奇物にて世間の付合いもなき者のように聞こゆれども、けっして然らず。人として世に居れば、もとより朋友なかるべからずといえども、その朋友もまたわれに交わりを求むることなおわが朋友を慕うがごとくなれば、世の交わりは相互いのことなり。ただこの五つの力を用うるに当たり、天より定めたる法に従いて、分限を越えざること緊要なるのみ。すなわちその分限とは、我もこの力を用い、他人もこの力を用いて、相互にその働きを妨げざるを言うなり。かくのごとく、人たる者の分限を誤らずして世を渡るときは、人に咎めらるることもなく、天に罪せらるることもなかるべし。これを人間の権義と言うなり。
書き下し
以上、五つのものは人に欠くべからざる性質にして、この性質を自由自在に取り扱い、もって一身の独立をなすものなり。さて独立といえば、ひとり世の中の偏人奇物にて世間の付合いもなき者のように聞こゆれども、けっして然らず。人として世に居れば、もとより朋友なかるべからずといえども、その朋友もまたわれに交わりを求むることなおわが朋友を慕うがごとくなれば、世の交わりは相互いのことなり。ただこの五つの力を用うるに当たり、天より定めたる法に従いて、分限を越えざること緊要なるのみ。すなわちその分限とは、我もこの力を用い、他人もこの力を用いて、相互にその働きを妨げざるを言うなり。かくのごとく、人たる者の分限を誤らずして世を渡るときは、人に咎めらるることもなく、天に罪せらるることもなかるべし。これを人間の権義と言うなり。
現代語訳
以上の五つは人に欠くことのできない性質であって、この性質を自由自在に取り扱い、それによって一身の独立をなすものです。さて独立といえば、まるで世の中の偏屈者や変わり者で世間付き合いもない者のように聞こえますが、決してそうではありません。人として世にいれば、もとより友人がなくてはなりませんが、その友人もまた自分に交わりを求めることは、自分が友人を慕うのと同じですから、世の交わりは互いのことです。ただこの五つの力を用いるにあたって、天の定めた法に従い、分限を越えないことが大切なだけです。その分限とは、自分もこの力を用い、他人もこの力を用いて、互いにその働きを妨げないことを言います。このように人たる者の分限を誤らずに世を渡るときは、人に咎められることもなく、天に罪せられることもないでしょう。これを人間の権利と言うのです。
解説
この章句が説くこと
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『学問のすゝめ』八編・わが心をもって他人の身を制すべからず・傍よりかれこれとこれを議論するの理なし右の次第により、人たる者は他人の権義を妨げざれば、自由自在に己が身体を用うるの理あり。その好むところに行き、その欲するところに止まり、あるいは働き、あるいは遊び、あるいはこの事を行ない、あるいはかの業をなし、あるいは昼夜勉強するも、あるいは意に叶わざれば無為にして終日寝るも、他人に関係なきことなれば、傍よりかれこれとこれを議論するの理なし。
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『学問のすゝめ』八編・わが心をもって他人の身を制すべからず・人の一身は他人と相離れて一人前の全体をなしアメリカのエイランドなる人の著わしたる『モラル・サイヤンス』という書に、人の身心の自由を論じたることあり。その論の大意にいわく、人の一身は他人と相離れて一人前の全体をなし、みずからその身を取り扱い、みずからその心を用い、みずから一人を支配して、務むべき仕事を務むるはずのものなり。ゆえに、第一、人にはおのおの身体あり。身体はもって外物に接し、その物を取りてわが求むるところを達すべし。譬えば種を蒔きて米を作り、綿を取りて衣服を製するがごとし。第二、人にはおのおの智恵あり。智恵はもって物の道理を発明し、事を成すの目途を誤ることなし。譬えば米を作るに肥しの法を考え、木綿を織るに機の工夫をするがごとし。みな智恵分別の働きなり。
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『学問のすゝめ』八編・わが心をもって他人の身を制すべからず・欲を離れて道理の内に入らしむるものは誠の本心第四、人にはおのおの至誠の本心あり。誠の心はもって情欲を制し、その方向を正しくして止まるところを定むべし。たとえば情欲には限りなきものにて、美服美食もいずれにて十分と界を定め難し。今もし働くべき仕事をば捨て置き、ひたすらわが欲するもののみを得んとせば、他人を害してわが身を利するよりほかに道なし。これを人間の所業と言うべからず。この時に当たりて欲と道理とを分別し、欲を離れて道理の内に入らしむるものは誠の本心なり。第五、人にはおのおの意思あり。意思はもって事をなすの志を立つべし。譬えば世の事は怪我の機にてできるものなし。善き事も悪き事もみな人のこれをなさんとする意ありてこそできるものなり。
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『学問のすゝめ』初編・自由とわがままとの界学問をするには分限を知ること肝要なり。人の天然生まれつきは、繋がれず縛られず、一人前の男は男、一人前の女は女にて自由自在なる者なれども、ただ自由自在とのみ唱えて分限を知らざれば、わがまま放蕩に陥ること多し。すなわちその分限とは、天の道理に基づき人の情に従い、他人の妨げをなさずしてわが一身の自由を達することなり。自由とわがままとの界は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。譬えば自分の金銀を費やしてなすことなれば、たとい酒色に耽り放蕩を尽くすも自由自在なるべきに似たれども、けっして然らず、一人の放蕩は諸人の手本となり、ついに世間の風俗を乱りて人の教えに妨げをなすがゆえに、その費やすところの金銀はその人のものたりとも、その罪許すべからず。
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『学問のすゝめ』二編・人は同等なること・権理通義の等しきを言うなりゆえに今、人と人との釣合いを問えば、これを同等と言わざるを得ず。ただしその同等とは有様の等しきを言うにあらず、権理道義の等しきを言うなり。その有様を論ずるときは、貧富、強弱、智愚の差あることはなはだしく、あるいは大名華族とて御殿に住居し美服、美食する者もあり、あるいは人足とて裏店に借屋して今日の衣食に差しつかえる者もあり、あるいは才智逞しゅうして役人となり商人となりて天下を動かす者もあり、あるいは智恵分別なくして生涯、飴やおこしを売る者もあり、あるいは強き相撲取りあり、あるいは弱きお姫様あり、いわゆる雲と泥との相違なれども、また一方より見て、その人々持ち前の権理通義をもって論ずるときは、いかにも同等にして一厘一毛の軽重あることなし。すなわちその権理通義とは、人々その命を重んじ、その身代所持のものを守り、その面目名誉を大切にするの大義なり。天の人を生ずるや、これに体と心との働きを与えて、人々をしてこの通義を遂げしむるの仕掛けを設けたるものなれば、なんらのことあるも人力をもってこれを害すべからず。
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『学問のすゝめ』九編・人の性は群居を好み第二 人の性は群居を好み、けっして独歩孤立するを得ず。夫婦親子にてはいまだこの性情を満足せしむるに足らず、必ずしも広く他人に交わり、その交わりいよいよ広ければ一身の幸福いよいよ大なるを覚ゆるものにて、すなわちこれ人間交際の起こる所以なり。すでに世間に居てその交際中の一人となれば、またしたがってその義務なかるべからず。およそ世に学問と言い、工業と言い、政治と言い、法律と言うも、みな人間交際のためにするものにて、人間の交際あらざればいずれも不用のものたるべし。