学問のすゝめ / 七編・国民の職分を論ず・古来ただ一名の佐倉宗五郎あるのみ
これらの挙動をもってマルチルドムと称すべからず。余輩の聞くところにて、人民の権義を主張し正理を唱えて政府に迫り、その命を棄てて終わりをよくし、世界中に対して恥ずることなかるべき者は、古来ただ一名の佐倉宗五郎あるのみ。ただし宗五郎の伝は俗間に伝わる草紙の類のみにて、いまだその詳らかなる正史を得ず。もし得ることあらば他日これを記してその功徳を表し、もって世人の亀鑑に供すべし。
書き下し
これらの挙動をもってマルチルドムと称すべからず。余輩の聞くところにて、人民の権義を主張し正理を唱えて政府に迫り、その命を棄てて終わりをよくし、世界中に対して恥ずることなかるべき者は、古来ただ一名の佐倉宗五郎あるのみ。ただし宗五郎の伝は俗間に伝わる草紙の類のみにて、いまだその詳らかなる正史を得ず。もし得ることあらば他日これを記してその功徳を表し、もって世人の亀鑑に供すべし。
現代語訳
これらの振る舞いをマーティルダムと称してはなりません。私が聞くところで、人民の権利を主張し正しい道理を唱えて政府に迫り、その命を捨てて最後をまっとうし、世界中に対して恥じることがないだろう者は、古来ただ一人、佐倉宗五郎があるだけです。ただし宗五郎の伝記は俗間に伝わる草紙の類だけで、まだ詳しい正史を得ていません。もし得ることがあれば、いつかこれを記してその功徳を表し、世の人の手本に供したいと思います。
解説
七編の結びで、条件を満たす人物が一人だけ挙げられます。将軍に直訴して処刑されたと伝えられる佐倉宗五郎です。古来ただ一名、という言い方に、日本にこの型の人がいかに少なかったかという判断が込められています。そして誠実なのは、伝記が草紙の類しかなく正史を得ていないと断っている点です。理想の実例を挙げながら、その典拠の弱さまで正直に書いています。
この章句が説くこと
宗五郎実例希少典拠正直
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『学問のすゝめ』七編・国民の職分を論ず・いまだ命の棄てどころを知らざる者かくのごとく世を患いて身を苦しめあるいは命を落とすものを、西洋の語にてマルチルドムという。失うところのものはただ一人の身なれども、その功能は千万人を殺し千万両を費やしたる内乱の師よりもはるかに優れり。古来日本にて討死せし者も多く切腹せし者も多し、いずれも忠臣義士とて評判は高しといえども、その身を棄てたる所以を尋ぬるに、多くは両主政権を争うの師に関係する者か、または主人の敵討ちなどによりて花々しく一命を抛ちたる者のみ。その形は美に似たれどもその実は世に益することなし。己が主人のためと言い己が主人に申し訳なしとて、ただ一命をさえ棄つればよきものと思うは不文不明の世の常なれども、いま文明の大義をもってこれを論ずれば、これらの人はいまだ命の棄てどころを知らざる者と言うべし。
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『学問のすゝめ』六編・国法の貴きを論ず・したがって殺されしたがって訴え四十七士の面々申し合わせて、おのおのその筋により法に従いて政府に訴え出でなば、もとより暴政府のことゆえ、最初はその訴訟を取り上げず、あるいはその人を捕えてこれを殺すこともあるべしといえども、たとい一人は殺さるるもこれを恐れず、また代わりて訴え出で、したがって殺されしたがって訴え、四十七人の家来、理を訴えて命を失い尽くすに至らば、いかなる悪政府にてもついには必ずその理に伏し、上野介へも刑を加えて裁判を正しゅうすることあるべし。
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『学問のすゝめ』七編・国民の職分を論ず・事の軽重は金高の大小をもって論ずべからずその誠忠は日月とともに燿き、その功名は天地とともに永かるべきはずなるに、世人みな薄情にしてこの権助を軽蔑し、碑の銘を作りてその功業を称する者もなく、宮殿を建てて祭る者もなきはなんぞや。人みな言わん、「権助の死はわずかに一両のためにしてその事の次第はなはだ些細なり」と。然りといえども事の軽重は金高の大小、人数の多少をもって論ずべからず、世の文明に益あると否とによりてその軽重を定むべきものなり。しかるに今かの忠臣義士が一万の敵を殺して討死するも、この権助が一両の金を失うて首を縊るも、その死をもって文明を益することなきに至りてはまさしく同様のわけにて、いずれを軽しとしいずれを重しとすべからざれば、義士も権助もともに命の棄てどころを知らざる者と言いて可なり。
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