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学問のすゝめ / 七編・国民の職分を論ず・事の軽重は金高の大小をもって論ずべからず

その誠忠は日月とともに燿き、その功名は天地とともに永かるべきはずなるに、世人みな薄情にしてこの権助を軽蔑し、碑の銘を作りてその功業を称する者もなく、宮殿を建てて祭る者もなきはなんぞや。人みな言わん、「権助の死はわずかに一両のためにしてその事の次第はなはだ些細なり」と。然りといえども事の軽重は金高の大小、人数の多少をもって論ずべからず、世の文明に益あると否とによりてその軽重を定むべきものなり。しかるに今かの忠臣義士が一万の敵を殺して討死するも、この権助が一両の金を失うて首を縊るも、その死をもって文明を益することなきに至りてはまさしく同様のわけにて、いずれを軽しとしいずれを重しとすべからざれば、義士も権助もともに命の棄てどころを知らざる者と言いて可なり。

書き下し

その誠忠は日月とともに燿き、その功名は天地とともに永かるべきはずなるに、世人みな薄情にしてこの権助を軽蔑し、碑の銘を作りてその功業を称する者もなく、宮殿を建てて祭る者もなきはなんぞや。人みな言わん、「権助の死はわずかに一両のためにしてその事の次第はなはだ些細なり」と。然りといえども事の軽重は金高の大小、人数の多少をもって論ずべからず、世の文明に益あると否とによりてその軽重を定むべきものなり。しかるに今かの忠臣義士が一万の敵を殺して討死するも、この権助が一両の金を失うて首を縊るも、その死をもって文明を益することなきに至りてはまさしく同様のわけにて、いずれを軽しとしいずれを重しとすべからざれば、義士も権助もともに命の棄てどころを知らざる者と言いて可なり。

現代語訳

その真心は日月とともに輝き、その功名は天地とともに永いはずなのに、世の人はみな薄情でこの権助を軽蔑し、碑の銘を作ってその功業を称える者もなく、宮殿を建てて祭る者もないのはなぜでしょうか。人はみな言うでしょう、権助の死はわずか一両のためで、その事の次第は非常に些細だ、と。しかし事の軽重は金額の大小や人数の多少で論じてはならず、世の文明に益があるかどうかによってその軽重を定めるべきものです。ところが今あの忠臣義士が一万の敵を殺して討死するのも、この権助が一両の金を失って首を吊るのも、その死によって文明を益することがない点ではまさしく同様のわけで、どちらを軽いとしどちらを重いとも言えないなら、義士も権助もともに命の捨てどころを知らない者と言ってよいのです。

解説

軽重の物差しが入れ替えられます。金額でも人数でもなく、文明に益があるかどうかで測れ、と。この尺度で測れば、一万の敵を殺した討死も一両を落とした首吊りも同じ位置に並びます。宮殿に祭られるか軽蔑されるかの差は、規模の差でしかなかったことになる。前段の笑いがここで理屈として回収され、命の捨てどころという言葉に重みが戻ってきます。

この章句が説くこと

尺度規模評価転倒

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