学問のすゝめ / 七編・国民の職分を論ず・人民の分としてなすべき挙動はただ三ヵ条
右のごとく人民も政府もおのおのその分限を尽くして互いに居り合うときは申し分もなきことなれども、あるいは然らずして政府なるものその分限を越えて暴政を行なうことあり。ここに至りて人民の分としてなすべき挙動はただ三ヵ条あるのみ。すなわち節を屈して政府に従うか、力をもって政府に敵対するか、正理を守りて身を棄つるか、この三ヵ条なり。
書き下し
右のごとく人民も政府もおのおのその分限を尽くして互いに居り合うときは申し分もなきことなれども、あるいは然らずして政府なるものその分限を越えて暴政を行なうことあり。ここに至りて人民の分としてなすべき挙動はただ三ヵ条あるのみ。すなわち節を屈して政府に従うか、力をもって政府に敵対するか、正理を守りて身を棄つるか、この三ヵ条なり。
現代語訳
右のように人民も政府もそれぞれその分限を尽くして互いに折り合っているときは申し分もないことですが、そうではなく、政府というものがその分限を越えて暴政を行うことがあります。ここに至って人民の分としてなすべき行動はただ三か条あるだけです。すなわち、節を曲げて政府に従うか、力をもって政府に敵対するか、正しい道理を守って身を捨てるか、この三か条です。
解説
七編の後半を貫く枠組みが提示されます。政府が度を越したとき、取りうる道は三つしかない。曲げて従う、力で対抗する、道理を守って身を捨てる。選択肢を三つに絞り、以下の段でそれぞれを順に検討していく構成です。逃げるという選択が入っていないのが特徴で、この国で生きる者としてどう振る舞うかという問いに限定されているのが分かります。
この章句が説くこと
暴政選択三択枠組抵抗
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