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学問のすゝめ / 七編・国民の職分を論ず・俗にいわゆる犬の糞でかたきなるもの

第一 節を屈して政府に従うははなはだよろしからず。人たる者は天の正道に従うをもって職分とす。しかるにその節を屈して政府人造の悪法に従うは、人たるの職分を破るものと言うべし。かつひとたび節を屈して不正の法に従うときは、後世子孫に悪例を遺して天下一般の弊風を醸しなすべし。古来日本にても愚民の上に暴政府ありて、政府虚威を逞しゅうすれば人民はこれに震い恐れ、あるいは政府の処置を見て現に無理とは思いながら、事の理非を明らかに述べなば必ずその怒りに触れ、後日に至りて暗に役人らに窘しめらるることあらんを恐れて言うべきことをも言うものなし。その後日の恐れとは俗にいわゆる犬の糞でかたきなるものにて、人民はひたすらこの犬の糞を憚り、いかなる無理にても政府の命には従うべきものと心得て、世上一般の気風をなし、ついに今日の浅ましき有様に陥りたるなり。すなわちこれ人民の節を屈して禍を後世に残したる一例と言うべし。

書き下し

第一 節を屈して政府に従うははなはだよろしからず。人たる者は天の正道に従うをもって職分とす。しかるにその節を屈して政府人造の悪法に従うは、人たるの職分を破るものと言うべし。かつひとたび節を屈して不正の法に従うときは、後世子孫に悪例を遺して天下一般の弊風を醸しなすべし。古来日本にても愚民の上に暴政府ありて、政府虚威を逞しゅうすれば人民はこれに震い恐れ、あるいは政府の処置を見て現に無理とは思いながら、事の理非を明らかに述べなば必ずその怒りに触れ、後日に至りて暗に役人らに窘しめらるることあらんを恐れて言うべきことをも言うものなし。その後日の恐れとは俗にいわゆる犬の糞でかたきなるものにて、人民はひたすらこの犬の糞を憚り、いかなる無理にても政府の命には従うべきものと心得て、世上一般の気風をなし、ついに今日の浅ましき有様に陥りたるなり。すなわちこれ人民の節を屈して禍を後世に残したる一例と言うべし。

現代語訳

第一に、節を曲げて政府に従うのは非常によくありません。人たる者は天の正しい道に従うのを職分とします。それなのに節を曲げて政府が人工的に作った悪法に従うのは、人としての職分を破るものと言うべきです。しかも一度節を曲げて不正な法に従えば、後世の子孫に悪い前例を残して天下一般の悪風を醸すことになります。古来日本でも愚かな民の上に暴政の政府があり、政府が虚勢を張れば人民はこれに震え恐れ、政府の処置を見て実際に無理だと思いながらも、事の理非をはっきり述べればきっとその怒りに触れ、後日になってひそかに役人たちに苦しめられるだろうと恐れて、言うべきことも言わない者がありました。その後日の恐れとは、俗にいわゆる犬の糞で仕返しをされるようなもので、人民はひたすらこの犬の糞を憚り、どんな無理でも政府の命令には従うものと心得て、世の中一般の気風をなし、ついに今日の情けないありさまに陥ったのです。

解説

三択の第一が退けられます。曲げて従うのは楽ですが、人としての職分を破り、しかも後の世に前例を残すという理由です。個人の妥協が悪例になり気風になるという連鎖の指摘が重い。そして恐れの正体が名指しされます。犬の糞で仕返しされるような、陰湿で些細な報復です。大きな弾圧ではなく、後で嫌がらせをされるという予感こそが人を黙らせるという観察が、現代の職場にもそのまま当てはまります。

この章句が説くこと

妥協悪例恐れ報復沈黙

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