学問のすゝめ / 七編・国民の職分を論ず・いまだ命の棄てどころを知らざる者
かくのごとく世を患いて身を苦しめあるいは命を落とすものを、西洋の語にてマルチルドムという。失うところのものはただ一人の身なれども、その功能は千万人を殺し千万両を費やしたる内乱の師よりもはるかに優れり。古来日本にて討死せし者も多く切腹せし者も多し、いずれも忠臣義士とて評判は高しといえども、その身を棄てたる所以を尋ぬるに、多くは両主政権を争うの師に関係する者か、または主人の敵討ちなどによりて花々しく一命を抛ちたる者のみ。その形は美に似たれどもその実は世に益することなし。己が主人のためと言い己が主人に申し訳なしとて、ただ一命をさえ棄つればよきものと思うは不文不明の世の常なれども、いま文明の大義をもってこれを論ずれば、これらの人はいまだ命の棄てどころを知らざる者と言うべし。
書き下し
かくのごとく世を患いて身を苦しめあるいは命を落とすものを、西洋の語にてマルチルドムという。失うところのものはただ一人の身なれども、その功能は千万人を殺し千万両を費やしたる内乱の師よりもはるかに優れり。古来日本にて討死せし者も多く切腹せし者も多し、いずれも忠臣義士とて評判は高しといえども、その身を棄てたる所以を尋ぬるに、多くは両主政権を争うの師に関係する者か、または主人の敵討ちなどによりて花々しく一命を抛ちたる者のみ。その形は美に似たれどもその実は世に益することなし。己が主人のためと言い己が主人に申し訳なしとて、ただ一命をさえ棄つればよきものと思うは不文不明の世の常なれども、いま文明の大義をもってこれを論ずれば、これらの人はいまだ命の棄てどころを知らざる者と言うべし。
現代語訳
このように世を憂えて身を苦しめ、あるいは命を落とすものを、西洋の語でマーティルダムといいます。失うものはただ一人の身ですが、その効果は千万人を殺し千万両を費やした内乱の軍よりもはるかに優れています。古来日本で討死した者も多く切腹した者も多い。いずれも忠臣義士として評判は高いのですが、その身を捨てた理由を尋ねると、多くは二人の主が政権を争う軍に関わった者か、または主人の敵討ちなどによって華々しく一命を投げ出した者ばかりです。その形は美しく見えますが、実は世の中に益することがありません。自分の主人のためと言い、自分の主人に申し訳が立たないと言って、ただ一命さえ捨てればよいものと思うのは、文明でない世の常ですが、今、文明の大義でこれを論じれば、これらの人はまだ命の捨てどころを知らない者と言うべきです。
解説

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