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学問のすゝめ / 七編・国民の職分を論ず・並木の枝にふんどしを掛けて

かつかの忠臣義士にもそれほどの見込みはあるまじ。ただ因果ずくにて旦那へ申し訳までのことなるべし。旦那へ申し訳にて命を棄てたる者を忠臣義士と言わば、今日も世間にその人は多きものなり。権助が主人の使いに行き、一両の金を落として途方に暮れ、旦那へ申し訳なしとて思案を定め、並木の枝にふんどしを掛けて首を縊るの例は世に珍しからず。今この義僕がみずから死を決する時の心を酌んで、その情実を察すれば、また憐れむべきにあらずや。使いに出でていまだ帰らず、身まず死す。長く英雄をして涙を襟に満たしむべし。主人の委託を受けてみずから任じたる一両の金を失い、君臣の分を尽くすに一死をもってするは、古今の忠臣義士に対して毫も恥ずることなし。

書き下し

かつかの忠臣義士にもそれほどの見込みはあるまじ。ただ因果ずくにて旦那へ申し訳までのことなるべし。旦那へ申し訳にて命を棄てたる者を忠臣義士と言わば、今日も世間にその人は多きものなり。権助が主人の使いに行き、一両の金を落として途方に暮れ、旦那へ申し訳なしとて思案を定め、並木の枝にふんどしを掛けて首を縊るの例は世に珍しからず。今この義僕がみずから死を決する時の心を酌んで、その情実を察すれば、また憐れむべきにあらずや。使いに出でていまだ帰らず、身まず死す。長く英雄をして涙を襟に満たしむべし。主人の委託を受けてみずから任じたる一両の金を失い、君臣の分を尽くすに一死をもってするは、古今の忠臣義士に対して毫も恥ずることなし。

現代語訳

しかもあの忠臣義士にもそれほどの見込みはないでしょう。ただ因果ずくで旦那へ申し訳を立てるまでのことでしょう。旦那へ申し訳を立てるために命を捨てた者を忠臣義士と言うなら、今日も世間にその人は多いものです。権助が主人の使いに行き、一両の金を落として途方に暮れ、旦那へ申し訳が立たないと思案を定め、並木の枝に褌を掛けて首を吊る例は世に珍しくありません。今この忠義な下男が自ら死を決するときの心を汲んで、その事情を察すれば、これもまた憐れむべきではありませんか。使いに出てまだ帰らず、身が先に死ぬ。長く英雄の涙を襟に満たすに足ります。主人の委託を受けて自ら引き受けた一両の金を失い、君臣の分を尽くすのに一死をもってするのは、古今の忠臣義士に対して少しも恥じることがありません。

解説

議論が一気に滑稽になります。主人に申し訳が立たないという理由で死ぬのが忠義なら、一両を落として首を吊った下男の権助も同じ忠臣だ、と。並木の枝に褌を掛けるという情景が卑近で、しかも諸葛孔明を悼む有名な句をもじって権助に捧げるところまでやります。笑いを使って価値の順位を揺さぶる手法で、赤穂義士への批判より効き目があるかもしれません。
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