学問のすゝめ / 七編・国民の職分を論ず・一寸の兵器を携えず片手の力を用いず
第三 正理を守りて身を棄つるとは、天の道理を信じて疑わず、いかなる暴政の下に居ていかなる苛酷の法に窘しめらるるも、その苦痛を忍びてわが志を挫くことなく、一寸の兵器を携えず片手の力を用いず、ただ正理を唱えて政府に迫ることなり。以上三策のうち、この第三策をもって上策の上とすべし。理をもって政府に迫れば、その時その国にある善政良法はこれがため少しも害を被ることなし。その正論あるいは用いられざることあるも、理のあるところはこの論によりてすでに明らかなれば、天然の人心これに服せざることなし。ゆえに今年に行なわれざればまた明年を期すべし。かつまた力をもって敵対するものは一を得んとして百を害するの患いあれども、理を唱えて政府に迫るものはただ除くべきの害を除くのみにて他に事を生ずることなし。
書き下し
第三 正理を守りて身を棄つるとは、天の道理を信じて疑わず、いかなる暴政の下に居ていかなる苛酷の法に窘しめらるるも、その苦痛を忍びてわが志を挫くことなく、一寸の兵器を携えず片手の力を用いず、ただ正理を唱えて政府に迫ることなり。以上三策のうち、この第三策をもって上策の上とすべし。理をもって政府に迫れば、その時その国にある善政良法はこれがため少しも害を被ることなし。その正論あるいは用いられざることあるも、理のあるところはこの論によりてすでに明らかなれば、天然の人心これに服せざることなし。ゆえに今年に行なわれざればまた明年を期すべし。かつまた力をもって敵対するものは一を得んとして百を害するの患いあれども、理を唱えて政府に迫るものはただ除くべきの害を除くのみにて他に事を生ずることなし。
現代語訳
第三に、正しい道理を守って身を捨てるとは、天の道理を信じて疑わず、どんな暴政の下にいてどんな苛酷な法に苦しめられても、その苦痛を忍んで自分の志をくじくことなく、一寸の武器も携えず片手の力も用いず、ただ正しい道理を唱えて政府に迫ることです。以上の三策のうち、この第三策を上策の中の上とすべきです。道理をもって政府に迫れば、そのときその国にある善政や良法はそのために少しも害を受けません。その正論がたとえ用いられないことがあっても、道理のありかはこの議論によってすでに明らかですから、自然の人心がこれに服さないことはありません。ですから今年に行われなければ、また来年を期すべきです。しかも力で敵対する者は一つを得ようとして百を害する恐れがありますが、道理を唱えて政府に迫る者は、ただ除くべき害を除くだけで他に事を生じることがありません。