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学問のすゝめ / 七編・国民の職分を論ず・人民は家元なり政府は名代人なり

第二 主人の身分をもって論ずれば、一国の人民はすなわち政府なり。そのゆえは一国中の人民悉皆政をなすべきものにあらざれば、政府なるものを設けてこれに国政を任せ、人民の名代として事務を取り扱わしむべしとの約束を定めたればなり。ゆえに人民は家元なり、また主人なり。政府は名代人なり、また支配人なり。譬えば商社百人のうちより選ばれたる十人の支配人は政府にて、残り九十人の社中は人民なるがごとし。この九十人の社中は自分にて事務を取り扱うことなしといえども、己が代人として十人の者へ事を任せたるゆえ、己れの身分を尋ぬればこれを商社の主人と言わざるを得ず。またかの十人の支配人は現在の事を取り扱うといえども、もと社中の頼みを受けその意に従いて事をなすべしと約束したる者なれば、その実は私にあらず、商社の公務を勤むる者なり。いま世間にて政府に関わることを公務と言い公用と言うも、その字のよって来たるところを尋ぬれば、政府の事は役人の私事にあらず、国民の名代となりて一国を支配する公の事務という義なり。

書き下し

第二 主人の身分をもって論ずれば、一国の人民はすなわち政府なり。そのゆえは一国中の人民悉皆政をなすべきものにあらざれば、政府なるものを設けてこれに国政を任せ、人民の名代として事務を取り扱わしむべしとの約束を定めたればなり。ゆえに人民は家元なり、また主人なり。政府は名代人なり、また支配人なり。譬えば商社百人のうちより選ばれたる十人の支配人は政府にて、残り九十人の社中は人民なるがごとし。この九十人の社中は自分にて事務を取り扱うことなしといえども、己が代人として十人の者へ事を任せたるゆえ、己れの身分を尋ぬればこれを商社の主人と言わざるを得ず。またかの十人の支配人は現在の事を取り扱うといえども、もと社中の頼みを受けその意に従いて事をなすべしと約束したる者なれば、その実は私にあらず、商社の公務を勤むる者なり。いま世間にて政府に関わることを公務と言い公用と言うも、その字のよって来たるところを尋ぬれば、政府の事は役人の私事にあらず、国民の名代となりて一国を支配する公の事務という義なり。

現代語訳

第二に、主人の身分で論じれば、一国の人民はすなわち政府です。その理由は、国中の人民が全員で政治を行えるものではないので、政府というものを設けてこれに国政を任せ、人民の代理として事務を取り扱わせるという約束を定めたからです。ですから人民は家元であり、また主人です。政府は代理人であり、また支配人です。たとえば商社の百人のうちから選ばれた十人の支配人が政府で、残り九十人の仲間が人民であるようなものです。この九十人の仲間は自分で事務を取り扱わないとはいえ、自分の代理として十人の者へ事を任せたのですから、その身分を尋ねれば商社の主人と言わざるを得ません。またあの十人の支配人は現実の事務を取り扱うとはいえ、もともと仲間の依頼を受けてその意に従って事を行うと約束した者ですから、その実は私事ではなく、商社の公務を務める者です。今、世間で政府に関わることを公務と言い公用と言うのも、その言葉の出どころを尋ねれば、政府の事は役人の私事ではなく、国民の代理となって一国を支配する公の事務という意味なのです。

解説

主人としての立場が説明されます。一国の人民はすなわち政府だ、という言い方が大胆で、代理人が行うことは本人が行うことだという論理です。家元と名代人、主人と支配人という言い換えで関係がはっきりします。そして公務という言葉の語源に話が及ぶのが面白い。役人の仕事が公務と呼ばれるのは、それが役人の私事ではなく人民の代理の仕事だからだ、と。普段使う言葉の中に関係が埋まっていることを示しています。

この章句が説くこと

主人代理家元公務語源

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