学問のすゝめ / 二編・人は同等なること・ひとたび国法と定まりたることは
右は百姓・町人に左袒して思うさまに勢いを張れという議論なれども、また一方より言えば別に論ずることあり。およそ人を取り扱うには、その相手の人物次第にておのずからその法の加減もなかるべからず。元来、人民と政府との間柄はもと同一体にてその職分を区別し、政府は人民の名代となりて法を施し、人民は必ずこの法を守るべしと、固く約束したるものなり。譬えば今、日本国中にて明治の年号を奉ずる者は、今の政府の法に従うべしと条約を結びたる人民なり。ゆえにひとたび国法と定まりたることは、たといあるいは人民一個のために不便利あるも、その改革まではこれを動かすを得ず。小心翼々謹みて守らざるべからず。これすなわち人民の職分なり。
書き下し
右は百姓・町人に左袒して思うさまに勢いを張れという議論なれども、また一方より言えば別に論ずることあり。およそ人を取り扱うには、その相手の人物次第にて、おのずからその法の加減もなかるべからず。元来、人民と政府との間柄は、もと同一体にてその職分を区別し、政府は人民の名代となりて法を施し、人民は必ずこの法を守るべしと、固く約束したるものなり。譬えば今、日本国中にて明治の年号を奉ずる者は、今の政府の法に従うべしと条約を結びたる人民なり。ゆえにひとたび国法と定まりたることは、たといあるいは人民一個のために不便利あるも、その改革まではこれを動かすを得ず。小心翼々謹みて守らざるべからず。これすなわち人民の職分なり。
現代語訳
以上は百姓や町人の側に立って、思うままに勢いを張れという議論ですが、別の面から言えば、また論じるべきことがあります。およそ人を扱うには、相手の人物次第で、おのずと法の加減もなければなりません。もともと人民と政府の間柄は同じ一つの体であって、その職分を分け、政府は人民の代理として法を施し、人民は必ずこの法を守ると固く約束したものです。たとえば今、日本国中で明治の年号を奉じる者は、今の政府の法に従うという条約を結んだ人民です。ですからひとたび国法と定まったことは、たとえ人民一人にとって不便であっても、改正されるまでは動かすことができません。慎み深く謹んで守らなければなりません。これが人民の職分です。
解説
この章句が説くこと
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『学問のすゝめ』二編・人は同等なること・双方その職分を尽くしてこれすなわち政府と人民との約束なり。ゆえに百姓・町人は年貢・運上を出だして固く国法を守れば、その職分を尽くしたりと言うべし。政府は年貢・運上を取りて正しくその使い払いを立て、人民を保護すれば、その職分を尽くしたりと言うべし。双方すでにその職分を尽くして約束を違うることなきうえは、さらになんらの申し分もあるべからず、おのおのその権理通義を逞しゅうして、少しも妨げをなすの理なし。
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『学問のすゝめ』六編・国法の貴きを論ず・一人にて二人前の役目を勤むるがごとしたとい、あるいはその手当てをなすも莫大の入費にて益もなきことなるゆえ、右のごとく国民の総代として政府を立て、善人保護の職分を勤めしめ、その代わりとして役人の給料はもちろん、政府の諸入用をば悉皆国民より賄うべしと約束せしことなり。かつまた政府はすでに国民の総名代となりて事をなすべき権を得たるものなれば、政府のなすことはすなわち国民のなすことにて、国民は必ず政府の法に従わざるべからず。これまた国民と政府との約束なり。ゆえに国民の政府に従うは政府の作りし法に従うにあらず、みずから作りし法に従うなり。国民の法を破るは政府の作りし法を破るにあらず、みずから作りし法を破るなり。その法を破りて刑罰を被るは政府に罰せらるるにあらず、みずから定めし法によりて罰せらるるなり。この趣を形容して言えば、国民たる者は一人にて二人前の役目を勤むるがごとし。すなわちその一の役目は、自分の名代として政府を立て、一国中の悪人を取り押えて善人を保護することなり。その二の役目は、固く政府の約束を守りその法に従いて保護を受くることなり。
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『学問のすゝめ』七編・国民の職分を論ず・彼我同等の大義に従うべし第一 客の身分をもって論ずれば、一国の人民は国法を重んじ人間同等の趣意を忘るべからず。他人の来たりてわが権義を害するを欲せざれば、われもまた他人の権義を妨ぐべからず。わが楽しむところのものは他人もまたこれを楽しむがゆえに、他人の楽しみを奪いてわが楽しみを増すべからず、他人の物を盗んでわが富となすべからず、人を殺すべからず、人を讒すべからず、まさしく国法を守りて彼我同等の大義に従うべし。また国の政体によりて定まりし法は、たといあるいは愚かなるも、あるいは不便なるも、みだりにこれを破るの理なし。師を起こすも外国と条約を結ぶも政府の権にあることにて、この権はもと約束にて人民より政府へ与えたるものなれば、政府の政に関係なき者はけっしてそのことを評議すべからず。