学問のすゝめ / 六編・国法の貴きを論ず・一人にて二人前の役目を勤むるがごとし
たとい、あるいはその手当てをなすも莫大の入費にて益もなきことなるゆえ、右のごとく国民の総代として政府を立て、善人保護の職分を勤めしめ、その代わりとして役人の給料はもちろん、政府の諸入用をば悉皆国民より賄うべしと約束せしことなり。かつまた政府はすでに国民の総名代となりて事をなすべき権を得たるものなれば、政府のなすことはすなわち国民のなすことにて、国民は必ず政府の法に従わざるべからず。これまた国民と政府との約束なり。ゆえに国民の政府に従うは政府の作りし法に従うにあらず、みずから作りし法に従うなり。国民の法を破るは政府の作りし法を破るにあらず、みずから作りし法を破るなり。その法を破りて刑罰を被るは政府に罰せらるるにあらず、みずから定めし法によりて罰せらるるなり。この趣を形容して言えば、国民たる者は一人にて二人前の役目を勤むるがごとし。すなわちその一の役目は、自分の名代として政府を立て、一国中の悪人を取り押えて善人を保護することなり。その二の役目は、固く政府の約束を守りその法に従いて保護を受くることなり。
書き下し
たとい、あるいはその手当てをなすも莫大の入費にて益もなきことなるゆえ、右のごとく国民の総代として政府を立て、善人保護の職分を勤めしめ、その代わりとして役人の給料はもちろん、政府の諸入用をば悉皆国民より賄うべしと約束せしことなり。かつまた政府はすでに国民の総名代となりて事をなすべき権を得たるものなれば、政府のなすことはすなわち国民のなすことにて、国民は必ず政府の法に従わざるべからず。これまた国民と政府との約束なり。ゆえに国民の政府に従うは政府の作りし法に従うにあらず、みずから作りし法に従うなり。国民の法を破るは政府の作りし法を破るにあらず、みずから作りし法を破るなり。その法を破りて刑罰を被るは政府に罰せらるるにあらず、みずから定めし法によりて罰せらるるなり。この趣を形容して言えば、国民たる者は一人にて二人前の役目を勤むるがごとし。すなわちその一の役目は、自分の名代として政府を立て、一国中の悪人を取り押えて善人を保護することなり。その二の役目は、固く政府の約束を守りその法に従いて保護を受くることなり。
現代語訳
たとえその手当てをしても莫大な費用がかかるうえ益もないので、右のように国民の総代として政府を立て、善人を保護する職分を務めさせ、その代わりに役人の給料はもちろん、政府の諸費用をすべて国民が賄うと約束したのです。また政府はすでに国民の総代理として事を行う権限を得たものですから、政府のすることはすなわち国民のすることであって、国民は必ず政府の法に従わねばなりません。これもまた国民と政府との約束です。ですから国民が政府に従うのは政府の作った法に従うのではなく、自分で作った法に従うのです。国民が法を破るのは政府の作った法を破るのではなく、自分で作った法を破るのです。その法を破って刑罰を受けるのは政府に罰せられるのではなく、自分で定めた法によって罰せられるのです。この趣旨をたとえて言えば、国民たる者は一人で二人分の役目を務めるようなものです。その一つ目の役目は、自分の代理として政府を立て、国中の悪人を取り押さえて善人を保護すること。二つ目の役目は、固く政府との約束を守り、その法に従って保護を受けることです。
解説
この章句が説くこと
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