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学問のすゝめ / 六編・国法の貴きを論ず・謹んで法を守り国民たるの分を誤らざる

今般の一条につきては、太田氏をはじめ社中集会してその内話に、「かの文部省にて定めたる私塾教師の規則もいわゆる御大法なれば、ただ文学・科学の文字を消して語学の二字に改むれば、願いも済み、生徒のためには大幸ならん」と再三商議したれども、結局のところ、このたびの教師を得ずして社中生徒の学業あるいは退歩することあるも、官を欺くは士君子の恥ずべきところなれば、謹んで法を守り国民たるの分を誤らざるの方、上策なるべしとて、ついにこの始末に及びしことなり。もとより一私塾の処置にてこのこと些末に似たれども、議論の趣意は世教にも関わるべきことと思い、ついでながらこれを巻末に記すのみ。

書き下し

今般の一条につきては、太田氏をはじめ社中集会してその内話に、「かの文部省にて定めたる私塾教師の規則もいわゆる御大法なれば、ただ文学・科学の文字を消して語学の二字に改むれば、願いも済み、生徒のためには大幸ならん」と再三商議したれども、結局のところ、このたびの教師を得ずして社中生徒の学業あるいは退歩することあるも、官を欺くは士君子の恥ずべきところなれば、謹んで法を守り国民たるの分を誤らざるの方、上策なるべしとて、ついにこの始末に及びしことなり。もとより一私塾の処置にてこのこと些末に似たれども、議論の趣意は世教にも関わるべきことと思い、ついでながらこれを巻末に記すのみ。

現代語訳

今回の一件については、太田氏をはじめ塾の仲間が集まって内々に話し合い、あの文部省の定めた私塾教師の規則もいわゆるご法度なのだから、ただ文学と科学の文字を消して語学の二字に改めれば、願いも通り、生徒のためには大きな幸いだろう、と再三相談しました。しかし結局のところ、今回の教師を得られずに仲間や生徒の学業が後退することがあっても、官を欺くのは立派な人物の恥じるところですから、謹んで法を守り国民としての分を誤らないほうが上策だろう、ということで、ついにこの始末に至ったのです。もとより一私塾の処置でこの事は些細に見えますが、議論の趣旨は世の教えにも関わるだろうと思い、ついでながらこれを巻末に記すだけです。

解説

迷ったことまで書いているのが正直です。二文字を書き換えれば通ると仲間で再三相談した、と。誘惑が実際にあったことを認めたうえで、生徒の学業が後退しても法を守るほうが上策だと決めています。損を承知の選択です。そして最後の一行で、些細な話に見えるが世の教えに関わるから記す、と目的を述べる。六編で説いた国法の尊さを、自分の損失で実証してみせた締めくくりになっています。

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