学問のすゝめ / 六編・国法の貴きを論ず・切捨て御免という法あり
古は日本にて百姓・町人の輩、士分の者に対して無礼を加うれば切捨て御免という法あり。こは政府より公に私裁を許したるものなり。けしからぬことならずや。すべて一国の法はただ一政府にて施行すべきものにて、その法の出ずるところいよいよ多ければその権力もまたしたがっていよいよ弱し。譬えば封建の世に三百の諸侯おのおの生殺の権ありし時は、政府の力もその割合にて弱かりしはずなり。
書き下し
古は日本にて百姓・町人の輩、士分の者に対して無礼を加うれば切捨て御免という法あり。こは政府より公に私裁を許したるものなり。けしからぬことならずや。すべて一国の法はただ一政府にて施行すべきものにて、その法の出ずるところいよいよ多ければその権力もまたしたがっていよいよ弱し。譬えば封建の世に三百の諸侯おのおの生殺の権ありし時は、政府の力もその割合にて弱かりしはずなり。
現代語訳
昔、日本では百姓や町人の輩が武士の身分の者に無礼を加えれば切り捨て御免という法がありました。これは政府が公に私裁を許したものです。けしからぬことではありませんか。すべて一国の法はただ一つの政府が施行すべきもので、法の出てくるところが多ければ多いほど、その権力もしたがって弱くなります。たとえば封建の世に三百の諸侯がそれぞれ生殺の権を持っていたときは、政府の力もその割合で弱かったはずです。
解説
私裁の最悪の形として切捨て御免が挙げられます。政府が私裁を公認するという矛盾で、これを一言でけしからぬと退けます。そして一般則が示される。法の出どころが多いほど権力は弱くなる、と。三百の諸侯がそれぞれ生殺の権を持てば、政府の力はその分薄まるという説明です。権限を分散させれば強くなるように見えて、実は全体が弱るという見方で、統治の単一性の必要を説いています。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
切捨御免公認矛盾単一分散
関連する章句
-
李衛公問対・卷下分かつべくして分たざるは、縻軍と為る。聚まるべくして聚まらざるは、孤旅と為る。
-
孫子・虚実篇故に人に形せしめて我に形無ければ、則ち我は専まりて敵は分かる。我専まりて一と為り、敵分かれて十と為らば、是れ十を以て其の一を攻むるなり。則ち我は衆くして敵は寡なし。能く衆を以て寡を撃つ者は、則ち吾の与に戦う所の者、約なり。
-
孫子・虚実篇吾の与に戦う所の地知るべからざれば、知るべからざれば則ち敵の備うる所の者多く、敵の備うる所の者多ければ、則ち吾の与に戦う所の者寡なし。
-
史記 高祖本紀御史大夫周苛・魏豹・樅公をして滎陽を守らしむ。諸将卒の従ふ能はざる者、尽く城中に在り。周苛・樅公相謂ひて曰く、「反国の王は、与に城を守り難し。」と。因りて魏豹を殺す。漢王の滎陽を出でて関に入るや、兵を収めて復た東せんと欲す。袁生漢王に説きて曰く、「漢楚と滎陽に相距ぐこと数歳、漢常に困しむ。願はくは君王武関を出でよ、項羽必ず兵を引きて南に走らん、王壁を深くし、滎陽・成皋の間をして且く休むを得しめよ。韓信等をして河北の趙の地を輯め、燕・斉に連ならしめ、君王乃ち復た滎陽に走るも、未だ晩からざるなり。此くの如くせば、則ち楚の備ふる所の者多く、力分かれ、漢休むを得て、復た之と戦はば、楚を破ること必せり。」と。漢王其の計に従ひ、軍を宛・葉の間に出だし、黥布と行くゆく兵を収む。項羽漢王の宛に在るを聞き、果たして兵を引きて南す。漢王壁を堅くして与に戦はず。是の時彭越睢水を渡り、項声・薛公と下邳に戦ひ、彭越大いに楚の軍を破る。項羽乃ち兵を引きて東のかた彭越を撃つ。漢王も亦兵を引きて北し成皋に軍す。項羽已に彭越を破り走らせ、漢王復た成皋に軍すと聞き、乃ち復た兵を引きて西し、滎陽を抜き、周苛・樅公を誅し、而して韓王信を虜にし、遂に成皋を囲む。漢王跳(のが)れ、独り滕公と車を共にして成皋の玉門を出で、北のかた河を渡り、馳せて修武に宿す。自ら使者と称し、晨に馳せて張耳・韓信の壁に入り、而して其の軍を奪ふ。乃ち張耳をして北のかた益々兵を趙の地に収めしめ、韓信をして東のかた斉を撃たしむ。漢王韓信の軍を得て、則ち復た振るふ。兵を引きて河に臨み、南のかた軍を小修武の南に饗し、復た戦はんと欲す。郎中鄭忠乃ち説きて漢王を止め、塁を高くし塹を深くして、与に戦ふ勿からしむ。漢王其の計を聴き、盧綰・劉賈をして卒二万人、騎数百を将ゐて、白馬津を渡り、楚の地に入らしむ、彭越と復た楚の軍を燕郭の西に撃破し、遂に復た梁の地十余城を下す。淮陰已に命を受けて東す、未だ平原を渡らず。
-
『不動智神妙録』心の置所万事に堅まつたるは偏に落つるとて道に嫌ひ申す事なり、何処に置かうとて思ひなければ、心は全体に伸びひろごりて行き渡りて有るものなり、心をば何処にも置かずして、敵の働によりて当位々々心を其所々にて可用心歟、総身に渡つてあれば、手の入る時には手にある心を遣ふべし、足の入る時には足にある心を遣ふべし、一所に定めて置きたらば、其置きたる所より引出し遣らんとする程に、其処に止りて用が抜け申し候、
-
孫子・虚実篇故に前に備うれば則ち後寡なく、後に備うれば則ち前寡なし。左に備うれば則ち右寡なく、右に備うれば則ち左寡なし。備えざる所無ければ、則ち寡なからざる所無し。寡なき者は人に備うる者なり、衆き者は人をして己に備えしむる者なり。