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学問のすゝめ / 六編・国法の貴きを論ず・敵討ちと敵討ちとにてはてしもあらず

かくありてこそはじめて真の義士とも称すべきはずなるに、かつてこの理を知らず、身は国民の地位にいながら国法の重きを顧みずしてみだりに上野介を殺したるは、国民の職分を誤り、政府の権を犯して、私に人の罪を裁決したるものと言うべし。幸いにしてその時、徳川の政府にてこの乱暴人を刑に処したればこそ無事に治まりたれども、もしもこれを免すことあらば、吉良家の一族また敵討ちとて赤穂の家来を殺すことは必定なり。しかるときはこの家来の一族、また敵討ちとて吉良の一族を攻むるならん。敵討ちと敵討ちとにて、はてしもあらず、ついに双方の一族朋友死し尽くるに至らざれば止まず。いわゆる無政無法の世の中とはこのことなるべし。私裁の国を害することかくのごとし。謹まざるべからざるなり。

書き下し

かくありてこそはじめて真の義士とも称すべきはずなるに、かつてこの理を知らず、身は国民の地位にいながら国法の重きを顧みずしてみだりに上野介を殺したるは、国民の職分を誤り、政府の権を犯して、私に人の罪を裁決したるものと言うべし。幸いにしてその時、徳川の政府にてこの乱暴人を刑に処したればこそ無事に治まりたれども、もしもこれを免すことあらば、吉良家の一族また敵討ちとて赤穂の家来を殺すことは必定なり。しかるときはこの家来の一族、また敵討ちとて吉良の一族を攻むるならん。敵討ちと敵討ちとにて、はてしもあらず、ついに双方の一族朋友死し尽くるに至らざれば止まず。いわゆる無政無法の世の中とはこのことなるべし。私裁の国を害することかくのごとし。謹まざるべからざるなり。

現代語訳

そうであってこそはじめて真の義士とも称えるべきはずなのに、かつてこの道理を知らず、身は国民の地位にいながら国法の重さを顧みず、みだりに上野介を殺したのは、国民の職分を誤り、政府の権限を犯して、勝手に人の罪を裁決したものと言うべきです。幸いにしてそのとき徳川の政府がこの乱暴者を刑に処したからこそ無事に治まりましたが、もしこれを許すことがあれば、吉良家の一族がまた敵討ちといって赤穂の家来を殺すことは必至です。そうなればこの家来の一族が、また敵討ちといって吉良の一族を攻めるでしょう。敵討ちと敵討ちで果てしなく、ついに双方の一族や友人が死に尽くすまで止まりません。いわゆる無政無法の世の中とはこのことでしょう。私裁が国を害することはこの通りです。慎まなければなりません。

解説

私裁を禁じる理由が、連鎖という形で示されます。討ち入りを許せば吉良方が報復し、それにまた報復が続き、双方が死に絶えるまで終わらない。個々の復讐が正しく見えても、続ければ社会が消えるという論法です。ここで無政無法という言葉が出てきます。法がない世とは、誰も裁かない世ではなく、全員が勝手に裁く世のことだと分かります。六編の主題が一つの絵にまとまった箇所です。

この章句が説くこと

連鎖報復無法社会限界

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