学問のすゝめ / 二編・人は同等なること・恥も法も知らざる馬鹿者
しかるに無学文盲、理非の理の字も知らず、身に覚えたる芸は飲食と寝ると起きるとのみ、その無学のくせに欲は深く、目の前に人を欺きて巧みに政府の法を遁れ、国法の何ものたるを知らず、己が職分の何ものたるを知らず、子をばよく生めどもその子を教うるの道を知らず、いわゆる恥も法も知らざる馬鹿者にて、その子孫繁盛すれば一国の益はなさずして、かえって害をなす者なきにあらず。かかる馬鹿者を取り扱うにはとても道理をもってすべからず、不本意ながら力をもって威し、一時の大害を鎮むるよりほかに方便あることなし。
書き下し
しかるに無学文盲、理非の理の字も知らず、身に覚えたる芸は飲食と寝ると起きるとのみ、その無学のくせに欲は深く、目の前に人を欺きて巧みに政府の法を遁れ、国法の何ものたるを知らず、己が職分の何ものたるを知らず、子をばよく生めどもその子を教うるの道を知らず、いわゆる恥も法も知らざる馬鹿者にて、その子孫繁盛すれば一国の益はなさずして、かえって害をなす者なきにあらず。かかる馬鹿者を取り扱うには、とても道理をもってすべからず、不本意ながら力をもって威し、一時の大害を鎮むるよりほかに方便あることなし。
現代語訳
ところが学もなく文字も知らず、理非の理の字も知らず、身につけた芸といえば飲み食いと寝起きだけ。その無学のくせに欲は深く、目の前で人を欺いて巧みに政府の法を逃れ、国法が何であるかを知らず、自分の職分が何であるかを知らず、子はよく生むけれどもその子を教える道を知らない。いわゆる恥も法も知らない馬鹿者で、その子孫が増えれば一国の益にはならず、かえって害をなす者がいないわけではありません。このような馬鹿者を扱うには、とても道理をもってすることができず、不本意ながら力によって威し、一時の大きな害を鎮めるよりほかに手立てがありません。
解説
法を守らない者への批判が、容赦ない言葉で並びます。ここで注意したいのは、力で威すのは不本意だと断っている点です。道理が通じないから力を使うのであって、力が正しいからではない。前段の職分の議論と合わせると、権利を主張できるのは職分を果たす者だけだ、という構図になります。子を生んでも教えない、という一点も、この書が繰り返す教育の主題です。
この章句が説くこと
無学法職分力教育
関連する章句
-
呂氏春秋・處方⑤今、人此に有り、擅に行いを矯めば則ち國家を免れしめ、輕重を利すれば則ち衡石の如く、方圜を為せば則ち規矩の若くす。此れ則ち工なり巧なり。而れども法るに足らず。法なる者は、衆の同じくする所なり。賢不肖の其の力を以うる所なり。謀の用う可からざるに出で、事同じくす可からざるに出づるは、此れ先王の舍つる所なり。
-
『武士道』第十二章 切腹及び敵討・数項の刑法明文が根絶せしめたそれ正義の観念にして充足せらるべくんば、何ぞ更に又た敵討を要とせんや。然るに新英州の一神学者の評するが如くに、敵討のもし果して『犠牲の生血に渇し、之に飽かんことを欲するの希望を餌食とする餓虎の心念』を意味するものなりとせば、わずかに数項の刑法明文の、直ちに之を根絶せしめたる事、いづくんぞ能く今日の如くなるを得んや。切腹も亦た法度上、既に其存在を認めざるに至りたりと雖、吾人はなお往々、敢て之を行ふものあるを聞く。而して過去の記憶の継続せん限り、これを耳にすることあるべし。自殺宗信者の数は、世界中懼るべき速力を以て増加しつつあるものなるを以て、無痛瞬時の新自殺法は多く行はるるに至らん。されど自殺論の著者モルセリ教授は、必ずや切腹を以て、自殺の貴族的なるものとなすに同意せん。
-
孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
-
『武士道』第十二章 切腹及び敵討・父の仇を報ずるは最も美しき近く米国の一将校にして、ドレフュスの仇を報ぜんが為、エステルハージーに決闘を挑みたるものさへありしに非らずや。結婚の行はれざる蕃族の間に在りては、姦淫は罪を構成せず、ただ情夫の嫉妬のみ、よく女子を保護して危害を蒙ること無きを得しむるが如く、刑事法廷の設備無き時代に在りては、殺戮は罪を成さず、ただ被害者の縁戚が、戒心以て讐を復することの、能く社会の秩序を保持したるなりき。神話のオシリスはホーラスに問ふに『此世の最も美しきは何ぞ』と。答へて曰く、『父の仇を報ずる、是れなり』と。而して日本人は之に加ふるに、必ずや『君主の仇』の語を以てせんとするものなり。復讐は、之によりて自己が正義の念を満足せしむるものなり。
-
孫子・始計篇法とは、曲制・官道・主用なり。
-
『宋名臣言行録』前集巻一・范質質、制敕を奉行して未だ嘗て律を破らず。刺史・縣令を命ずる毎に、必ず戸口版籍を以て急と為す。