学問のすゝめ / 四編・付録・敵にあらず真の益友なり
三にいわく、「政府のほかに私立の人物、集まることあらば、おのずから政府のごとくなりて、本政府の権を落とすに至らん」と。答えていわく、「この説は小人の説なり。私立の人も在官の人も等しく日本人なり。ただ地位を異にして事をなすのみ。その実は相助けてともに全国の便利を謀るものなれば、敵にあらず真の益友なり。かつこの私立の人物なる者、法を犯すことあらばこれを罰して可なり、毫も恐るるに足らず」
書き下し
三にいわく、「政府のほかに私立の人物、集まることあらば、おのずから政府のごとくなりて、本政府の権を落とすに至らん」と。答えていわく、「この説は小人の説なり。私立の人も在官の人も等しく日本人なり。ただ地位を異にして事をなすのみ。その実は相助けてともに全国の便利を謀るものなれば、敵にあらず真の益友なり。かつこの私立の人物なる者、法を犯すことあらばこれを罰して可なり、毫も恐るるに足らず」。
現代語訳
三つ目はこうです。政府のほかに民間の人物が集まれば、おのずと政府のようになって、本来の政府の権威を落とすことになるだろう、と。答えて言います。この説は器の小さい人の説です。民間の人も官にいる人も等しく日本人です。ただ立場を異にして事を行うだけです。その実は互いに助け合ってともに全国の便利を図るものですから、敵ではなく真の友です。しかもこの民間の人物が法を犯すことがあれば罰すればよい。少しも恐れるに足りません。
解説
民間勢力の台頭を警戒する声への答えです。民間の人も官の人も等しく日本人で、立場が違うだけ、目的は同じだと返します。敵ではなく真の益友、という言い方が的確で、対立の図式そのものを解いています。そして法を犯せば罰すればよい、と付け加える。危険を管理する手立てがすでにあるのだから、存在そのものを恐れる必要はないという理屈で、警戒論の根を断っています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
民間警戒益友立場法
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