学問のすゝめ / 四編・学者の職分を論ず・政府は恐るべからず近づくべし
もとより私立の事業は多端、かつこれを行なう人にもおのおの所長あるものなれば、わずかに数輩の学者にて悉皆その事をなすべきにあらざれども、わが目的とするところは事を行なうの巧みなるを示すにあらず、ただ天下の人に私立の方向を知らしめんとするのみ。百回の説諭を費やすは一回の実例を示すに若かず。今われより私立の実例を示し、「人間の事業はひとり政府の任にあらず。学者は学者にて私に事を行なうべし、町人は町人にて私に事をなすべし、政府も日本の政府なり、人民も日本の人民なり、政府は恐るべからず近づくべし、疑うべからず親しむべし」との趣を知らしめなば、人民ようやく向かうところを明らかにし、上下固有の気風もしだいに消滅して、はじめて真の日本国民を生じ、政府の玩具たらずして政府の刺衝となり、学術以下三者もおのずからその所有に帰して、国民の力と政府の力と互いに相平均し、もって全国の独立を維持すべきなり。
書き下し
もとより私立の事業は多端、かつこれを行なう人にもおのおの所長あるものなれば、わずかに数輩の学者にて悉皆その事をなすべきにあらざれども、わが目的とするところは事を行なうの巧みなるを示すにあらず、ただ天下の人に私立の方向を知らしめんとするのみ。百回の説諭を費やすは、一回の実例を示すに若かず。今われより私立の実例を示し、「人間の事業はひとり政府の任にあらず。学者は学者にて私に事を行なうべし、町人は町人にて私に事をなすべし、政府も日本の政府なり、人民も日本の人民なり、政府は恐るべからず近づくべし、疑うべからず親しむべし」との趣を知らしめなば、人民ようやく向かうところを明らかにし、上下固有の気風もしだいに消滅して、はじめて真の日本国民を生じ、政府の玩具たらずして政府の刺衝となり、学術以下三者もおのずからその所有に帰して、国民の力と政府の力と互いに相平均し、もって全国の独立を維持すべきなり。
現代語訳
もとより民間の事業は多岐にわたり、それを行う人にもそれぞれ得意分野がありますから、わずか数人の学者ですべてを行えるものではありません。しかし私の目的とするところは、事を行う巧みさを示すことではなく、ただ天下の人に民間という方向があることを知らせることだけです。百回の説諭を費やすより、一回の実例を示すほうがまさります。今、私から民間の実例を示し、人の営みは政府だけの仕事ではない、学者は学者として民間で事を行い、町人は町人として民間で事を行え、政府も日本の政府であり人民も日本の人民である、政府は恐れるものではなく近づくもの、疑うものではなく親しむものだ、という趣旨を知らせれば、人民は次第に向かう方向をはっきりさせ、上下に染みついた気風も次第に消えて、はじめて真の日本国民が生まれ、政府の玩具ではなく政府への刺激となり、学術以下の三つもおのずとその手に帰して、国民の力と政府の力が互いに釣り合い、それによって全国の独立を維持できるでしょう。
解説
この章句が説くこと
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・政府の頂門に一針を加うそもそも事をなすに、これを命ずるはこれを諭すに若かず、これを諭すは、われよりその実の例を示すに若かず。然りしこうして政府はただ命ずるの権あるのみ、これを諭して実の例を示すは私の事なれば、わが輩まず私立の地位を占め、あるいは学術を講じ、あるいは商売に従事し、あるいは法律を議し、あるいは書を著わし、あるいは新聞紙を出版するなど、およそ国民たるの分限に越えざることは忌諱を憚らずしてこれを行ない、固く法を守りて正しく事を処し、あるいは政令信ならずして曲を被ることあらば、わが地位を屈せずしてこれを論じ、あたかも政府の頂門に一針を加え、旧弊を除きて民権を恢復せんこと、方今至急の要務なるべし。
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『学問のすゝめ』四編・付録・敵にあらず真の益友なり三にいわく、「政府のほかに私立の人物、集まることあらば、おのずから政府のごとくなりて、本政府の権を落とすに至らん」と。答えていわく、「この説は小人の説なり。私立の人も在官の人も等しく日本人なり。ただ地位を異にして事をなすのみ。その実は相助けてともに全国の便利を謀るものなれば、敵にあらず真の益友なり。かつこの私立の人物なる者、法を犯すことあらばこれを罰して可なり、毫も恐るるに足らず」。
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『学問のすゝめ』五編・明治七年一月一日の詞・文明の事を行なう者は私立の人民ゆえに文明の事を行なう者は私立の人民にして、その文明を護する者は政府なり。これをもって一国の人民あたかもその文明を私有し、これを競いこれを争い、これを羨みこれを誇り、国に一の美事あれば全国の人民手を拍ちて快と称し、ただ他国に先鞭を着けられんことを恐るるのみ。ゆえに文明の事物悉皆人民の気力を増すの具となり、一事一物も国の独立を助けざるものなし。その事情まさしくわが国の有様に相反すと言うも可なり。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・日本にはただ政府ありていまだ国民あらずしかるにその不誠不実、かくのごときのはなはだしきに至る所以は、いまだ世間に民権を首唱する実例なきをもって、ただかの卑屈の気風に制せられ、その気風に雷同して、国民の本色を見わし得ざるなり。これを概すれば、日本にはただ政府ありていまだ国民あらずと言うも可なり。ゆえにいわく、人民の気風を一洗して世の文明を進むるには、今の洋学者流にもまた依頼すべからざるなり。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・人民と政府と両立してゆえに一国の全体を整理するには、人民と政府と両立してはじめてその成功を得べきものなれば、わが輩は国民たるの分限を尽くし、政府は政府たるの分限を尽くし、互いに相助けて、もって全国の独立を維持せざるべからず。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・利あらざるものは必ず害あり以上論ずるところを概すれば、今の世の学者、この国の独立を助けなさんとするに当たりて、政府の範囲に入り官にありて事をなすと、その範囲を脱して私立するとの利害得失を述べ、本論は私立に左袒したるものなり。すべて世の事物をくわしく論ずれば、利あらざるものは必ず害あり、得あらざるものは必ず失あり、利害得失相半ばするものはあるべからず。わが輩もとよりためにするところありて私立を主張するにあらず、ただ平生の所見を証してこれを論じたるのみ。世人もし確証を掲げてこの論説を排し、明らかに私立の不利を述ぶる者あらば、余輩は悦んでこれに従い、天下の害をなすことなかるべし。