学問のすゝめ / 四編・学者の職分を論ず・学術・商売・法律
方今わが国の形勢を察し、その外国に及ばざるものを挙ぐれば、いわく学術、いわく商売、いわく法律、これなり。世の文明はもっぱらこの三者に関し、三者挙がらざれば国の独立を得ざること識者を俟たずして明らかなり。しかるにいまわが国において一もその体をなしたるものなし。
書き下し
方今わが国の形勢を察し、その外国に及ばざるものを挙ぐれば、いわく学術、いわく商売、いわく法律、これなり。世の文明はもっぱらこの三者に関し、三者挙がらざれば国の独立を得ざること、識者を俟たずして明らかなり。しかるにいま、わが国において一もその体をなしたるものなし。
現代語訳
今のわが国の形勢を見て、外国に及ばないものを挙げれば、学術、商売、法律、これです。世の文明はもっぱらこの三つに関わり、この三つが立たなければ国の独立が得られないことは、識者を待つまでもなく明らかです。ところが今、わが国においてはその一つとして体を成したものがありません。
解説
日本に足りないものが三つに絞られます。学術、商売、法律。軍備が入っていないのが特徴的で、文明の中身を知と経済と法に見る立場です。そして、一つも体を成していない、と言い切る。明治五年の現実を厳しく見積もっており、この診断が次の段以降の、なぜ進まないのかという分析につながっていきます。足りないものを数え上げるだけで終わらせない構えです。
この章句が説くこと
学術商売法律文明診断
関連する章句
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『学問のすゝめ』五編・明治七年一月一日の詞・文明の事件はことごとくわが私有となしその科は枚挙に遑あらず。商売勤めざるべからず、法律議せざるべからず、工業起こさざるべからず、農業勧めざるべからず、著書・訳術・新聞の出版、およそ文明の事件はことごとく取りてわが私有となし、国民の先をなして政府と相助け、官の力と私の力と互いに平均して一国全体の力を増し、かの薄弱なる独立を移して動かすべからざるの基礎に置き、外国と鋒を争いて毫も譲ることなく、今より数十の新年を経て、顧みて今月今日の有様を回想し、今日の独立を悦ばずしてかえってこれを愍笑するの勢いに至るは、豈一大快事ならずや。学者よろしくその方向を定めて期するところあるべきなり。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・日本にはただ政府ありていまだ国民あらずしかるにその不誠不実、かくのごときのはなはだしきに至る所以は、いまだ世間に民権を首唱する実例なきをもって、ただかの卑屈の気風に制せられ、その気風に雷同して、国民の本色を見わし得ざるなり。これを概すれば、日本にはただ政府ありていまだ国民あらずと言うも可なり。ゆえにいわく、人民の気風を一洗して世の文明を進むるには、今の洋学者流にもまた依頼すべからざるなり。
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『学問のすゝめ』初編・身も家も天下国家も独立すべしこれらの学問をするに、いずれも西洋の翻訳書を取り調べ、たいていのことは日本の仮名にて用を便じ、あるいは年少にして文才ある者へは横文字をも読ませ、一科一学も実事を押え、その事につきその物に従い、近く物事の道理を求めて今日の用を達すべきなり。右は人間普通の実学にて、人たる者は貴賤上下の区別なく、みなことごとくたしなむべき心得なれば、この心得ありて後に、士農工商おのおのその分を尽くし、銘々の家業を営み、身も独立し、家も独立し、天下国家も独立すべきなり。
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『学問のすゝめ』五編・明治七年一月一日の詞・人民独立の気力、すなわちこれなり国の文明は形をもって評すべからず。学校と言い、工業と言い、陸軍と言い、海軍と言うも、みなこれ文明の形のみ。この形を作るは難きにあらず、ただ銭をもって買うべしといえども、ここにまた無形の一物あり、この物たるや、目見るべからず、耳聞くべからず、売買すべからず、貸借すべからず、あまねく国人の間に位してその作用はなはだ強く、この物あらざればかの学校以下の諸件も実の用をなさず、真にこれを文明の精神と言うべき至大至重のものなり。けだしその物とはなんぞや。いわく、人民独立の気力、すなわちこれなり。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・独立の保つべきと否と近来ひそかに識者の言を聞くに、「今後日本の盛衰は人智をもって明らかに計り難しといえども、つまり、その独立を失うの患いはなかるべしや、方今目撃するところの勢いによりてしだいに進歩せば、必ず文明盛大の域に至るべしや」と言いて、これを問う者あり。あるいは「その独立の保つべきと否とは、今より二、三十年を過ぎざれば明らかにこれを期すること難かるべし」と言いて、これを疑う者あり。あるいははなはだしくこの国を蔑視したる外国人の説に従えば、「とても日本の独立は危し」と言いて、これを難ずる者あり。もとより人の説を聞いてにわかにこれを信じ、わが望みを失するにはあらざれども、畢竟この諸説は、わが独立の保つべきと否とについての疑問なり。
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『学問のすゝめ』十編・前編のつづき、中津の旧友に贈る・我は悉皆短にして彼は悉皆長なるがごとし試みに見よ、方今、天下の形勢、文明はその名あれどもいまだその実を見ず、外の形は備われども内の精神は耗し。今のわが海陸軍をもって西洋諸国の兵と戦うべきや、けっして戦うべからず。今のわが学術をもって西洋人に教ゆべきや、けっして教ゆべきものなし。かえってこれを彼に学んでなおその及ばざるを恐るるのみ。外国に留学生あり、内国に雇いの教師あり、政府の省・寮・学校より、諸府諸港に至るまで、大概みな外国人を雇わざるものなし。あるいは私立の会社・学校の類といえども、新たに事を企つるものは必ずまず外国人を雇い、過分の給料を与えてこれに依頼するもの多し。彼の長を取りてわが短を補うとは人の口吻なれども、今の有様を見れば我は悉皆短にして彼は悉皆長なるがごとし。