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学問のすゝめ / 三編・一身独立して一国独立すること・独立の気力なき者は国を思うこと深切ならず

前条に言えるごとく、国と国とは同等なれども、国中の人民に独立の気力なきときは一国独立の権義を伸ぶること能わず。その次第三ヵ条あり。第一条 独立の気力なき者は国を思うこと深切ならず。独立とは自分にて自分の身を支配し他によりすがる心なきを言う。みずから物事の理非を弁別して処置を誤ることなき者は、他人の智恵によらざる独立なり。みずから心身を労して私立の活計をなす者は、他人の財によらざる独立なり。人々この独立の心なくしてただ他人の力によりすがらんとのみせば、全国の人はみな、よりすがる人のみにてこれを引き受くる者はなかるべし。これを譬えば盲人の行列に手引きなきがごとし、はなはだ不都合ならずや。或る人いわく、「民はこれによらしむべしこれを知らしむべからず、世の中は目くら千人目あき千人なれば、智者上にありて諸民を支配し上の意に従わしめて可なり」と。この議論は孔子様の流儀なれども、その実は大いに非なり。一国中に人を支配するほどの才徳を備うる者は千人のうち一人に過ぎず。

書き下し

前条に言えるごとく、国と国とは同等なれども、国中の人民に独立の気力なきときは、一国独立の権義を伸ぶること能わず。その次第三ヵ条あり。第一条、独立の気力なき者は国を思うこと深切ならず。独立とは、自分にて自分の身を支配し、他によりすがる心なきを言う。みずから物事の理非を弁別して処置を誤ることなき者は、他人の智恵によらざる独立なり。みずから心身を労して私立の活計をなす者は、他人の財によらざる独立なり。人々この独立の心なくして、ただ他人の力によりすがらんとのみせば、全国の人はみな、よりすがる人のみにて、これを引き受くる者はなかるべし。これを譬えば盲人の行列に手引きなきがごとし、はなはだ不都合ならずや。或る人いわく、「民はこれによらしむべし、これを知らしむべからず。世の中は目くら千人目あき千人なれば、智者上にありて諸民を支配し、上の意に従わしめて可なり」と。この議論は孔子様の流儀なれども、その実は大いに非なり。一国中に人を支配するほどの才徳を備うる者は、千人のうち一人に過ぎず。

現代語訳

前の条で言ったように、国と国は同等ですが、国中の人民に独立の気力がないときは、一国の独立の権利を伸ばすことができません。その理由は三か条あります。第一条、独立の気力のない者は国を思うことが切実でない。独立とは、自分で自分の身を支配し、他人に寄りかかる心がないことを言います。自分で物事の理非を見分けて処置を誤らない者は、他人の知恵によらない独立です。自分で心身を働かせて自分の生計を立てる者は、他人の財によらない独立です。人々にこの独立の心がなく、ただ他人の力に寄りかかろうとばかりするなら、全国の人はみな寄りかかる人ばかりで、これを引き受ける者がいなくなるでしょう。たとえれば目の見えない人の行列に手引きがないようなもので、たいへん不都合ではありませんか。ある人は言います。民はこれに従わせればよい、理由を知らせる必要はない。世の中は見えない者が千人、見える者が千人なのだから、智者が上にいて民を支配し、上の意に従わせればよい、と。この議論は孔子の流儀ですが、実は大いに間違いです。一国の中で人を支配するほどの才と徳を備えた者は、千人に一人にすぎません。

解説

独立が二つに分けて定義されます。他人の知恵によらない独立と、他人の財によらない独立。判断と生計の両方が要るという整理です。そして論語泰伯篇の、民はこれに由らしむべし、を名指しで否定します。孔子の流儀だが大いに間違いだ、と言い切る。師導には『論語』を収めており、この一句の原文と、それを明治の日本が退けた場面を並べて読むことができます。

この章句が説くこと

独立判断生計論語否定

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