学問のすゝめ / 二編・人は同等なること・レシプロシチまたはエクウオリチ
かかる悪風俗の起こりし由縁を尋ぬるに、その本は人間同等の大趣意を誤りて、貧富強弱の有様を悪しき道具に用い、政府富強の勢いをもって貧弱なる人民の権理通義を妨ぐるの場合に至りたるなり。ゆえに人たる者は常に同位同等の趣意を忘るべからず。人間世界にもっとも大切なることなり。西洋の言葉にてこれをレシプロシチまたはエクウオリチと言う。すなわち初編の首に言える万人同じ位とはこのことなり。
書き下し
かかる悪風俗の起こりし由縁を尋ぬるに、その本は人間同等の大趣意を誤りて、貧富強弱の有様を悪しき道具に用い、政府富強の勢いをもって貧弱なる人民の権理通義を妨ぐるの場合に至りたるなり。ゆえに人たる者は常に同位同等の趣意を忘るべからず。人間世界にもっとも大切なることなり。西洋の言葉にてこれをレシプロシチ、またはエクウオリチと言う。すなわち初編の首に言える万人同じ位とは、このことなり。
現代語訳
このような悪い風俗が起こった理由をたずねれば、その根本は、人間が同等であるという大きな趣旨を取り違えて、貧富や強弱という有様を悪い道具に使い、政府が富と強さの勢いによって、貧しく弱い人民の権利を妨げる事態に至ったことにあります。ですから人たる者は、常に同じ位で同等であるという趣旨を忘れてはなりません。人間の世界でもっとも大切なことです。西洋の言葉でこれを互酬性、あるいは平等と言います。すなわち初編の冒頭で言った、万人は同じ位である、とはこのことなのです。
解説
悪い風俗の原因が一点に絞られます。有様の差を道具に使って権利を侵したこと。前の数段の議論が、ここで一本にまとめられます。そして西洋語の原語が示される。レシプロシチは互いに返し合うこと、エクウオリチは等しいこと。訳語ではなく音のまま置いているのは、対応する日本語がまだなかったからで、新しい概念を輸入する現場の生々しさが伝わります。初編の一行に戻って締めるのも巧みです。
この章句が説くこと
平等互酬原因権利訳語
関連する章句
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『学問のすゝめ』二編・人は同等なること・人は同等なること初編の首に、人は万人みな同じ位にて、生まれながら上下の別なく自由自在云々とあり。今この義を拡めて言わん。人の生まるるは天の然らしむるところにて人力にあらず。この人々互いに相敬愛して、おのおのその職分を尽くし、互いに相妨ぐることなき所以は、もと同類の人間にして、ともに一天を与にし、ともに与に天地の間の造物なればなり。譬えば一家の内にて兄弟相互に睦しくするは、もと同一家の兄弟にして、ともに一父一母を与にするの大倫あればなり。
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『学問のすゝめ』二編・人は同等なること・権理通義の等しきを言うなりゆえに今、人と人との釣合いを問えば、これを同等と言わざるを得ず。ただしその同等とは有様の等しきを言うにあらず、権理道義の等しきを言うなり。その有様を論ずるときは、貧富、強弱、智愚の差あることはなはだしく、あるいは大名華族とて御殿に住居し美服、美食する者もあり、あるいは人足とて裏店に借屋して今日の衣食に差しつかえる者もあり、あるいは才智逞しゅうして役人となり商人となりて天下を動かす者もあり、あるいは智恵分別なくして生涯、飴やおこしを売る者もあり、あるいは強き相撲取りあり、あるいは弱きお姫様あり、いわゆる雲と泥との相違なれども、また一方より見て、その人々持ち前の権理通義をもって論ずるときは、いかにも同等にして一厘一毛の軽重あることなし。すなわちその権理通義とは、人々その命を重んじ、その身代所持のものを守り、その面目名誉を大切にするの大義なり。天の人を生ずるや、これに体と心との働きを与えて、人々をしてこの通義を遂げしむるの仕掛けを設けたるものなれば、なんらのことあるも人力をもってこれを害すべからず。
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『学問のすゝめ』二編・人は同等なること・大名の命も人足の命も大名の命も人足の命も、命の重きは同様なり。豪商百万両の金も、飴やおこし四文の銭も、己がものとしてこれを守るの心は同様なり。世の悪しき諺に、「泣く子と地頭には叶わず」と。またいわく、「親と主人は無理を言うもの」などとて、あるいは人の権理通義をも枉ぐべきもののよう唱うる者あれども、こは有様と通義とを取り違えたる論なり。地頭と百姓とは、有様を異にすれども、その権理を異にするにあらず。百姓の身に痛きことは地頭の身にも痛きはずなり、地頭の口に甘きものは百姓の口にも甘からん。痛きものを遠ざけ甘きものを取るは人の情欲なり。他の妨げをなさずして達すべきの情を達するは、すなわち人の権理なり。この権理に至りては、地頭も百姓も厘毛の軽重あることなし。ただ地頭は富みて強く、百姓は貧にして弱きのみ。貧富、強弱は人の有様にて、もとより同じかるべからず。
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『学問のすゝめ』二編・人は同等なること・暴政は人民の無智が招く禍これすなわち世に暴政府のある所以なり。ひとりわが旧幕府のみならず、アジヤ諸国古来みな然り。されば一国の暴政は必ずしも暴君暴吏の所為のみにあらず、その実は人民の無智をもってみずから招く禍なり。他人にけしかけられて暗殺を企つる者もあり、新法を誤解して一揆を起こす者あり、強訴を名として金持の家を毀ち、酒を飲み銭を盗む者あり。その挙動はほとんど人間の所業と思われず。かかる賊民を取り扱うには、釈迦も孔子も名案なきは必定、ぜひとも苛刻の政を行なうことなるべし。ゆえにいわく、人民もし暴政を避けんと欲せば、すみやかに学問に志し、みずから才徳を高くして、政府と相対し同位同等の地位に登らざるべからず。これすなわち余輩の勧むる学問の趣意なり。
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『学問のすゝめ』三編・国は同等なること・国は同等なることおよそ人とさえ名あれば、富めるも貧しきも、強きも弱きも、人民も政府も、その権義において異なるなしとのことは、第二編に記せり。今この義を拡めて、国と国との間柄を論ぜん。国とは人の集まりたるものにて、日本国は日本人の集まりたるものなり、英国は英国人の集まりたるものなり。日本人も英国人も等しく天地の間の人なれば、互いにその権義を妨ぐるの理なし。一人が一人に向かいて害を加うるの理なくば、二人が二人に向かいて害を加うるの理もなかるべし。百万人も千万人も同様のわけにて、物事の道理は人数の多少によりて変ずべからず。
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『学問のすゝめ』七編・国民の職分を論ず・彼我同等の大義に従うべし第一 客の身分をもって論ずれば、一国の人民は国法を重んじ人間同等の趣意を忘るべからず。他人の来たりてわが権義を害するを欲せざれば、われもまた他人の権義を妨ぐべからず。わが楽しむところのものは他人もまたこれを楽しむがゆえに、他人の楽しみを奪いてわが楽しみを増すべからず、他人の物を盗んでわが富となすべからず、人を殺すべからず、人を讒すべからず、まさしく国法を守りて彼我同等の大義に従うべし。また国の政体によりて定まりし法は、たといあるいは愚かなるも、あるいは不便なるも、みだりにこれを破るの理なし。師を起こすも外国と条約を結ぶも政府の権にあることにて、この権はもと約束にて人民より政府へ与えたるものなれば、政府の政に関係なき者はけっしてそのことを評議すべからず。