学問のすゝめ / 二編・人は同等なること・力士が隣の人の腕を捻り折る
しかるに今、富強の勢いをもって貧弱なる者へ無理を加えんとするは、有様の不同なるがゆえにとて他の権理を害するにあらずや。これを譬えば力士がわれに腕の力ありとて、その力の勢いをもって隣の人の腕を捻り折るがごとし。隣の人の力はもとより力士よりも弱かるべけれども、弱ければ弱きままにてその腕を用い自分の便利を達して差しつかえなきはずなるに、いわれなく力士のために腕を折らるるは迷惑至極と言うべし。
書き下し
しかるに今、富強の勢いをもって貧弱なる者へ無理を加えんとするは、有様の不同なるがゆえにとて他の権理を害するにあらずや。これを譬えば、力士がわれに腕の力ありとて、その力の勢いをもって隣の人の腕を捻り折るがごとし。隣の人の力はもとより力士よりも弱かるべけれども、弱ければ弱きままにてその腕を用い、自分の便利を達して差しつかえなきはずなるに、いわれなく力士のために腕を折らるるは、迷惑至極と言うべし。
現代語訳
ところが今、富と強さの勢いによって貧しく弱い者に無理を加えようとするのは、有様が違うからといって他人の権利を害することではないでしょうか。これをたとえれば、力士が自分には腕の力があるからといって、その力の勢いで隣の人の腕をねじり折るようなものです。隣の人の力はもとより力士より弱いでしょうが、弱ければ弱いままにその腕を使って自分の用を足せば差し支えないはずなのに、理由もなく力士に腕を折られるのは、迷惑この上ないと言うべきです。
解説
力の差が権利の侵害を正当化しない、という主張が一つの比喩に凝縮されます。力士が隣人の腕をねじり折る。弱い腕でも自分の用は足せたはずなのに、という一点が核心で、能力の差は奪う理由にならないことが示されます。分かりやすさを徹底する福沢の文章の典型で、難しい権利論を誰にでも見える絵に変えています。強い者が何をしてよいかの線を、はっきり引いた一段です。
この章句が説くこと
力権利侵害比喩弱者
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