学問のすゝめ / 二編・端書・飯を食う字引
これらの人物はただこれを文字の問屋と言うべきのみ。その功能は飯を食う字引に異ならず。国のためには無用の長物、経済を妨ぐる食客と言うて可なり。ゆえに世帯も学問なり、帳合いも学問なり、時勢を察するもまた学問なり。なんぞ必ずしも和漢洋の書を読むのみをもって学問と言うの理あらんや。
書き下し
これらの人物は、ただこれを文字の問屋と言うべきのみ。その功能は飯を食う字引に異ならず。国のためには無用の長物、経済を妨ぐる食客と言うて可なり。ゆえに世帯も学問なり、帳合いも学問なり、時勢を察するもまた学問なり。なんぞ必ずしも和漢洋の書を読むのみをもって学問と言うの理あらんや。
現代語訳
こういう人物は、ただ文字の問屋と言うべきだけです。その働きは飯を食う字引と変わりません。国のためには無用の長物、経済を妨げる居候と言ってよいでしょう。ですから暮らしのやりくりも学問であり、帳簿をつけるのも学問であり、時勢を察することもまた学問です。どうして必ずしも和漢洋の書物を読むことだけを学問と言う理由がありましょうか。
解説
飯を食う字引。知識を蓄えるだけで使えない人への、容赦のない一句です。文字の問屋、無用の長物、経済を妨げる居候と、三重に畳みかけます。そして結論で学問の範囲が一気に広げられる。暮らしも帳簿も時勢を読むことも学問だ、と。書物を読むことだけが学問だという常識を崩して、生活のすべてを学問の場にしています。学問の場所を書斎から日常へ移した宣言として読めます。

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字引無用実用範囲批判
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