学問のすゝめ / 二編・端書・文字は学問をするための道具
文字は学問をするための道具にて、譬えば家を建つるに槌・鋸の入用なるがごとし。槌・鋸は普請に欠くべからざる道具なれども、その道具の名を知るのみにて家を建つることを知らざる者はこれを大工と言うべからず。まさしくこのわけにて、文字を読むことのみを知りて物事の道理をわきまえざる者はこれを学者と言うべからず。いわゆる「論語よみの論語しらず」とはすなわちこれなり。わが国の『古事記』は暗誦すれども今日の米の相場を知らざる者は、これを世帯の学問に暗き男と言うべし。経書・史類の奥義には達したれども商売の法を心得て正しく取引きをなすこと能わざる者は、これを帳合いの学問に拙き人と言うべし。数年の辛苦を嘗め、数百の執行金を費やして洋学は成業したれども、なおも一個私立の活計をなし得ざる者は、時勢の学問に疎き人なり。
書き下し
文字は学問をするための道具にて、譬えば家を建つるに槌・鋸の入用なるがごとし。槌・鋸は普請に欠くべからざる道具なれども、その道具の名を知るのみにて家を建つることを知らざる者は、これを大工と言うべからず。まさしくこのわけにて、文字を読むことのみを知りて物事の道理をわきまえざる者は、これを学者と言うべからず。いわゆる「論語よみの論語しらず」とはすなわちこれなり。わが国の『古事記』は暗誦すれども今日の米の相場を知らざる者は、これを世帯の学問に暗き男と言うべし。経書・史類の奥義には達したれども、商売の法を心得て正しく取引きをなすこと能わざる者は、これを帳合いの学問に拙き人と言うべし。数年の辛苦を嘗め、数百の執行金を費やして洋学は成業したれども、なおも一個私立の活計をなし得ざる者は、時勢の学問に疎き人なり。
現代語訳
文字は学問をするための道具であって、たとえば家を建てるのに槌や鋸が必要なのと同じです。槌や鋸は普請に欠かせない道具ですが、その道具の名前を知っているだけで家を建てることを知らない者を、大工とは言えません。まさに同じ理屈で、文字を読むことだけを知っていて物事の道理をわきまえない者を、学者とは言えません。いわゆる論語読みの論語知らず、とはこのことです。わが国の『古事記』は暗誦できても今日の米相場を知らない者は、暮らしの学問に暗い男と言うべきです。経書や史書の奥義に達していても、商売の法を心得て正しく取引ができない者は、帳簿の学問に拙い人と言うべきです。数年の苦労を嘗め、数百の学費を費やして洋学を修めても、なお自分一人の生計を立てられない者は、時勢の学問に疎い人です。
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