学問のすゝめ / 二編・端書・無形の学問と有形の学問
学問とは広き言葉にて、無形の学問もあり、有形の学問もあり。心学、神学、理学等は形なき学問なり。天文、地理、窮理、化学等は形ある学問なり。いずれにてもみな知識見聞の領分を広くして、物事の道理をわきまえ、人たる者の職分を知ることなり。知識見聞を開くためには、あるいは人の言を聞き、あるいはみずから工夫を運らし、あるいは書物をも読まざるべからず。ゆえに学問には文字を知ること必要なれども、古来世の人の思うごとく、ただ文字を読むのみをもって学問とするは大なる心得違いなり。
書き下し
学問とは広き言葉にて、無形の学問もあり、有形の学問もあり。心学、神学、理学等は形なき学問なり。天文、地理、窮理、化学等は形ある学問なり。いずれにてもみな知識見聞の領分を広くして、物事の道理をわきまえ、人たる者の職分を知ることなり。知識見聞を開くためには、あるいは人の言を聞き、あるいはみずから工夫を運らし、あるいは書物をも読まざるべからず。ゆえに学問には文字を知ること必要なれども、古来世の人の思うごとく、ただ文字を読むのみをもって学問とするは、大なる心得違いなり。
現代語訳
学問とは広い言葉で、形のない学問もあり、形のある学問もあります。心学、神学、理学などは形のない学問です。天文、地理、究理、化学などは形のある学問です。いずれにしてもみな、知識と見聞の領域を広げて、物事の道理をわきまえ、人としての職分を知ることです。知識と見聞を開くためには、人の言葉を聞き、自分で工夫をめぐらし、書物も読まなければなりません。ですから学問には文字を知ることが必要ですが、昔から世の人が思うように、ただ文字を読むだけをもって学問とするのは、大きな心得違いです。
解説
二編の端書で、学問の定義が広げられます。形のあるものとないものに分け、どちらも知識と見聞を広げて職分を知ることだとする。そして学ぶ手段が三つ挙げられます。人の言葉を聞く、自分で工夫する、書物を読む。読書は三分の一にすぎません。この配分が、次の段の有名な比喩につながっていきます。文字を知ることは必要だが、それを学問そのものと取り違えるのが大きな心得違いだ、という釘の刺し方も明快です。
この章句が説くこと
学問定義見聞手段職分
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