学問のすゝめ / 初編・井の底の蛙
また自由独立のことは人の一身にあるのみならず、一国の上にもあることなり。わが日本はアジヤ州の東に離れたる一個の島国にて、古来外国と交わりを結ばず、ひとり自国の産物のみを衣食して不足と思いしこともなかりしが、嘉永年中アメリカ人渡来せしより外国交易のこと始まり、今日の有様に及びしことにて、開港の後もいろいろと議論多く、鎖国攘夷などとやかましく言いし者もありしかども、その見るところはなはだ狭く、諺に言う「井の底の蛙」にて、その議論とるに足らず。
書き下し
また自由独立のことは人の一身にあるのみならず、一国の上にもあることなり。わが日本はアジヤ州の東に離れたる一個の島国にて、古来外国と交わりを結ばず、ひとり自国の産物のみを衣食して不足と思いしこともなかりしが、嘉永年中アメリカ人渡来せしより外国交易のこと始まり、今日の有様に及びしことにて、開港の後もいろいろと議論多く、鎖国攘夷などとやかましく言いし者もありしかども、その見るところはなはだ狭く、諺に言う「井の底の蛙」にて、その議論とるに足らず。
現代語訳
また自由と独立ということは、人一人の身にあるだけでなく、一つの国の上にもあることです。わが日本はアジアの東に離れた一つの島国で、古くから外国と交わりを結ばず、自国の産物だけを衣食して不足と思ったこともありませんでしたが、嘉永年間にアメリカ人が渡来してから外国との交易が始まり、今日の有様に至りました。開港の後もいろいろと議論が多く、鎖国だ攘夷だとやかましく言う者もありましたが、その見るところは非常に狭く、諺にいう井の底の蛙であって、その議論は取るに足りません。
解説
個人の自由の話から、国の自由の話へ移ります。攘夷論を井の底の蛙と切り捨てるのが痛快ですが、根拠は感情ではなく視野の狭さです。世界を知らずに判断していることを問題にしている。前の段で、自由には限度を知ることが要ると述べた直後なので、視野の狭さは限度を誤ることでもあります。個人と国に同じ原則を当てはめる、この書の骨格が現れています。
この章句が説くこと
独立国視野攘夷開港
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