学問のすゝめ / 三編・国は同等なること・一身独立して一国独立す
近くはわが日本国にても、今日の有様にては西洋諸国の富強に及ばざるところあれども、一国の権義においては厘毛の軽重あることなし。道理に戻りて曲を蒙るの日に至りては、世界中を敵にするも恐るるに足らず。初編第六葉にも言えるごとく、「日本国中の人民一人も残らず命を棄てて国の威光を落とさず」とはこの場合なり。しかのみならず、貧富・強弱の有様は天然の約束にあらず、人の勉と不勉とによりて移り変わるべきものにて、今日の愚人も明日は智者となるべく、昔年の富強も今世の貧弱となるべし。古今その例少なからず。わが日本国人も今より学問に志し気力を慥かにして、まず一身の独立を謀り、したがって一国の富強を致すことあらば、なんぞ西洋人の力を恐るるに足らん。道理あるものはこれに交わり、道理なきものはこれを打ち払わんのみ。一身独立して一国独立するとはこのことなり。
書き下し
近くはわが日本国にても、今日の有様にては西洋諸国の富強に及ばざるところあれども、一国の権義においては厘毛の軽重あることなし。道理に戻りて曲を蒙るの日に至りては、世界中を敵にするも恐るるに足らず。初編にも言えるごとく、「日本国中の人民一人も残らず命を棄てて国の威光を落とさず」とは、この場合なり。しかのみならず、貧富・強弱の有様は天然の約束にあらず、人の勉と不勉とによりて移り変わるべきものにて、今日の愚人も明日は智者となるべく、昔年の富強も今世の貧弱となるべし。古今その例少なからず。わが日本国人も今より学問に志し気力を慥かにして、まず一身の独立を謀り、したがって一国の富強を致すことあらば、なんぞ西洋人の力を恐るるに足らん。道理あるものはこれに交わり、道理なきものはこれを打ち払わんのみ。一身独立して一国独立するとは、このことなり。
現代語訳
近ごろのわが日本でも、今の有様では西洋諸国の富強に及ばないところがありますが、一国の権利においては少しの軽重もありません。道理に背いて不当な扱いを受ける日に至れば、世界中を敵に回しても恐れるに足りません。初編でも言ったように、日本中の人民が一人残らず命を捨てて国の威光を落とさない、とはこの場合のことです。それだけでなく、貧富や強弱の有様は生まれつきの約束ではなく、人が努力するかしないかによって移り変わるもので、今日の愚か者も明日は智者となり、昔の富強も今の貧弱となります。古今にその例は少なくありません。わが日本の人も今から学問を志し気力を確かにして、まず一身の独立を図り、それによって一国の富強を成し遂げるなら、どうして西洋人の力を恐れるに足りましょう。道理のある者とは交わり、道理のない者は打ち払うだけです。一身が独立して一国が独立する、とはこのことです。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』非命下然るに今、命を以て有りと為す者あり。昔、三代の暴王、桀・紂・幽・厲は、貴きこと天子と為り、富は天下を有つ。此に於いてか其の耳目の欲を矯めずして、其の心意の辟に従い、外は之れ田獵畢弋に騁せ、内は酒樂に湛り、而して其の國家百姓の政を顧みず。繁く無用を為し、百姓を暴逆し、遂に其の宗廟を失う。其の言に「吾れ罷れ不肖にして、吾が聴治、强からず」と曰わず、必ず「吾が命、固より将に之を失わんとす」と曰う。昔の三代の罷れ不肖の民と雖も、亦た猶お此くのごときなり。善く親戚君長に事うる能わず、甚だ恭儉を惡みて簡易を好み、飲食を貪りて從事に惰り、衣食の財、足らず、是を以て身、饑寒凍餒の憂いに陷る。其の言に「吾れ罷れ不肖にして、吾が従事、强からず」と曰わず、必ず「吾が命、固より将に窮せんとす」と曰う。昔の三代の偽民も、亦た猶お此くのごときなり。