学問のすゝめ / 初編・天は富貴を人の働きに与う
身分重くして貴ければおのずからその家も富んで、下々の者より見れば及ぶべからざるようなれども、その本を尋ぬればただその人に学問の力あるとなきとによりてその相違もできたるのみにて、天より定めたる約束にあらず。諺にいわく、「天は富貴を人に与えずして、これをその人の働きに与うるものなり」と。されば前にも言えるとおり、人は生まれながらにして貴賤・貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり。
書き下し
身分重くして貴ければ、おのずからその家も富んで、下々の者より見れば及ぶべからざるようなれども、その本を尋ぬれば、ただその人に学問の力あるとなきとによりてその相違もできたるのみにて、天より定めたる約束にあらず。諺にいわく、「天は富貴を人に与えずして、これをその人の働きに与うるものなり」と。されば前にも言えるとおり、人は生まれながらにして貴賤・貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり。
現代語訳
身分が重く貴ければ、自然とその家も富んで、下の者から見れば及びもつかないように見えますが、その根本を尋ねれば、ただその人に学問の力があるかないかによって違いができただけであって、天が定めた約束ではありません。諺に、天は富と地位を人に与えるのではなく、その人の働きに与えるものだ、とあります。ですから先に言ったとおり、人は生まれながらに貴賤や貧富の別はありません。ただ学問に励んで物事をよく知る者が貴い人となり富む人となり、学のない者が貧しい人となり下の人となるのです。
解説
諺の引用が要です。天は富貴を人にではなく、その人の働きに与える。個人にではなく行為に与えられる、という言い方で、地位が世襲でも運でもないことが示されます。明治四年、廃藩置県の年に書かれた文章で、身分制が解体された直後の読者に、これからは学問が地位を決めると告げています。師導の『論語と算盤』の渋沢栄一も、同じ時代に同じ問題を扱いました。
この章句が説くこと
富貴働き学問地位諺
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