風姿花伝 / 第七 別紙口伝
一 この別紙の条々先年弟四郎相伝するといへども元次芸能感人たるによてこれをまた伝ふところなり秘伝之応永二十五年六月一日 世阿 花押
書き下し
一、この別紙の条々、先年、弟四郎に相伝するといへども、元次、芸能感人たるによて、これをまた伝ふところなり。秘伝之。応永二十五年六月一日 世阿 花押
現代語訳
一、この別紙の条々は、先年、弟の四郎に相伝したものであるが、元次が芸において人を感動させる域に達したので、これを改めて元次にも伝えるものである。秘伝である。応永二十五年六月一日 世阿(署名) 花押
解説
この一節は、第七別紙口伝の末尾に付された相伝の奥書(おくがき)です。世阿弥は、この花の奥義をかつて弟の四郎(観世四郎)に伝えたが、元次(長男・観世元雅と目される)が人を感動させるほどの芸に達したので、改めて彼にも伝えると記します。「応永二十五年六月一日」(西暦1418年)という日付と「世阿」の署名・花押があり、『風姿花伝』の成立と相伝の事情を伝える貴重な史料です。前段で「一代一人の相伝」と定めながら、真に芸を体得した者には伝えるという、実質を重んじる世阿弥の姿勢がここにも表れています。現代の私たちにとっても、最も大切な知恵や技術は、資格や順番ではなく、それを本当に受け取るにふさわしい成熟に達した相手にこそ託される——そうした継承の理想を、六百年前の一枚の奥書が静かに物語っています。
この章句が説くこと
奥書相伝元次四郎応永二十五年世阿弥
関連する章句
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風姿花伝・第三 問答条々凡そ家を守り芸を重んずるによて、亡父の申し置きし事どもを心底にとどめて、大概を録する所、世のそしりを忘れて、道の廃れんことを思ふによりて、全他人の才覚に及ぼさんとにはあらず、ただ子孫の庭訓を残すのみなり。風姿花伝条々、以上。于時応永七年庚辰卯月十三日、従五位下左衛門大夫秦元清書。
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風姿花伝・第七 別紙口伝一、この別紙の口伝、当芸において家の大事、一代一人の相伝なり。たとひ一子たりといふとも、不器量の者には伝ふべからず。「家家にあらず、つづくをもて家とす。人人にあらず、知るをもて人とす」といへり。これ、万徳了達の妙花をきはむるところなるべし。
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風姿花伝・第五 奥義抑、風姿花伝の条々、大方外見の憚り、子孫の庭訓の為に注すといへども、ただ望むところの本意とは、常世この道の輩を見るに、芸の嗜みはおろそかにて、非道のみ行じ、たまたま当芸にいたる時も、ただ一夕の顕証、一旦の名利にそみて、源を忘れて流を失ふこと、道已に廃る時節とこれをなげくのみなり。然れば、道を嗜み芸を重んずるところ、わたくしなくば、などかその徳を得ざらん。殊更、この芸、その風をつぐといへども、自力より出づるふるまひあれば、語にも及びがたし。その風を得て、心より心に伝ふる花なれば、風姿花伝と名付く。
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風姿花伝・第五 奥義一、この寿福増長の嗜みと申せばとて、ひたすら世間の理にかかりて、若し欲心に住せば、これ第一、道の廃るべき因縁なり。道の為の嗜みには、寿福増長あるべし。寿福の為の嗜みには、道まさに廃るべし。道廃らば、寿福おのづから滅すべし。正直延命にして、世上万徳の妙花を開く因縁なりと嗜むべし。凡そ花伝の中、年来稽古より始めて、この条々を注すところ、全く自力より出づる才覚ならず。幼少以来、亡父の力を得て、人となりしより、二十余年が間、目にふれ耳に聞き置きしまま、その風を受けて、道の為家の為、これを作するところ、わたくしにあらんものか。于時応永第九之暦暮春二日、馳筆畢。世阿、在判。
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風姿花伝・第七 別紙口伝一、秘する花を知ること。秘すれば花なり、秘せずば花なるべからずとなり。この分目を知ること、肝要の花なり。抑、一切の事、諸道芸において、その家々に秘事と申すは、秘するによりて大用あるが故なり。然れば、秘事といふことをあらはせば、させることにてもなきものなり。これを、させる事にてもなしといふ人は、いまだ秘事といふことの大用知らぬが故なり。先づ、この花の口伝におきても、ただめづらしき花ぞと皆人知るならば、さてはめづらしき事あるべしと思ひまうけたらん見物衆の前にては、たとひめづらしき事をするとも、見手の心にめづらしき感はあるべからず。見る人の為、花ぞとも知らでこそ、仕手の花にはなるべけれ。されば、見る人はただ思ひの外におもしろき上手とばかり見て、これは花ぞとも知らぬが仕手の花なり。さるほどに、人の心に思ひもよらぬ感をもよほす手立、これ花なり。たとへば、弓矢の道の手立にも、名将の案謀にて、思ひの外なる手立に強敵にも勝つことあり。これ、負くるかたの目にはめづらしき理にばかされて破らるるにてはあらずや。これ、一切の諸道芸において勝負に勝つ理なり。かやうの手立も、こと落居して、かかる謀事よと知りぬれば、その後はたやすけれども、いまだ知らざりつる故に敗くるなり。さるほどに、秘事とて一つをば、わが家に残すなり。ここをもて知るべし。たとへあらはさずとも、かかる秘事を知れる人よとも人には知られまじきなり。人に心を知られぬれば、敵人油断せずして用心をもてば、却て敵に心をつくる相なり。敵方用心をせぬときは、こなたの勝つことなほたやすかるべし。人に油断をさせて勝つことを得るは、めづらしき理の大用なるにてはあらずや。さるほどに、わが家の秘事とて、人に知らせぬをもて、生涯の主になる花とす。秘すれば花、秘せねば花なるべからず。
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風姿花伝・第七 別紙口伝一、こまかなる口伝にいはく、音曲、舞、はたらき、振、風情、これまた同じ心なり。これいつもの風情音曲なれば、さやうにぞあらんずらんと人の思ひなれたるところを、さのみに住せずして、心根に同じ振ながらも、もとよりはかるがると風体を嗜み、いつもの音曲なれども、なほ故実をめぐらして曲を彩り、声色を嗜みて、わが心にも今ほどに執することなしと大事にして、このわざをすれば、見聞く人常よりもなほおもしろしなど、批判にあふことあり。これは見聞く人の為、めづらしき心にあらずや。然れば、同じ音曲風情をするとも、上手のしたらんは別におもしろかるべし。下手はもとよりならひおぼえつる節博士の分なれば、めづらしき思ひなし。上手と申すは、同じ節かかりなれども曲を心得たり。曲といふは節のうへの花なり。同じ上手同じ花のうちにても、無上の公案をきはめたらんは、なほかつ花を知るべし。凡そ音曲にも、節は定まれる形木、曲は上手の物なり。舞にも、手は習へる形木、品かかりは上手の物なり。