風姿花伝 / 第四 神祇
一 当代において南都興福寺の維摩会に講堂にて法味をおこなひ給ふ折節食堂にて舞延年あり外道をやはらげ魔縁をしづむその間に講堂前にてかの御経を講じ給ふすなはち祗園精舎の吉例なり然れば大和国春日興福寺神事おこなひとて二月二日同五日宮寺において四座の申楽一年中の御神事初なり天下泰平の御祈祷なり一 大和国春日御神事相随申楽四座外山 結崎 坂戸 円満井一 江州日吉御神事相随申楽三座山階 下坂 比叡一 伊勢主司二座一 法勝寺御修正参勤申楽三座新座 本座 法成寺この三座同賀茂住吉御神事にも相随
書き下し
一 当代において、南都興福寺の維摩会に、講堂にて法味をおこなひ給ふ折節、食堂にて舞延年あり。外道をやはらげ魔縁をしづむ。その間に講堂前にて、かの御経を講じ給ふ。すなはち祗園精舎の吉例なり。然れば大和国春日興福寺神事おこなひとて、二月二日同五日、宮寺において四座の申楽、一年中の御神事初なり。天下泰平の御祈祷なり。一 大和国春日御神事相随申楽四座、外山・結崎・坂戸・円満井。一 江州日吉御神事相随申楽三座、山階・下坂・比叡。一 伊勢主司二座。一 法勝寺御修正参勤申楽三座、新座・本座・法成寺。この三座、同賀茂・住吉御神事にも相随ふ。
現代語訳
当代においては、南都興福寺の維摩会で、講堂において法味(説法の法要)を行われる折、食堂で舞延年が催される。これは外道を和らげ魔縁を鎮めるためである。その間に講堂前でかの御経を講じられる。これはすなわち祗園精舎の吉例(前例)にならったものである。それゆえ大和国の春日・興福寺の神事を行うといって、二月二日と同じく五日に、宮寺において四座の申楽が演じられ、これが一年中の御神事の初めである。天下泰平の御祈祷である。一、大和国の春日御神事に相従う申楽は四座、外山・結崎・坂戸・円満井である。一、江州(近江国)の日吉御神事に相従う申楽は三座、山階・下坂・比叡である。一、伊勢の主司二座。一、法勝寺の御修正会に参勤する申楽は三座、新座・本座・法成寺である。この三座は、同じく賀茂・住吉の御神事にも相従うのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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風姿花伝・第四 神祇一 平の都にしては、村上天皇の御宇に、昔の上宮太子の御筆の申楽延年の記を叡覧あるに、先づ神代仏在所のはじまり、月氏晨旦日域に伝はる。狂言綺語をもて讃仏転法輪の因縁をまもり、魔縁を退け福祐をまねく。申楽舞を奏すれば、国おだやかに民しづかに寿命長遠なりと、太子の御筆あらたなるによて、村上天皇申楽をもて天下の御祈祷をなすべしとて、その比かの河勝よりこの申楽の芸を伝ふる子孫、秦氏安なり。六十六番の申楽を紫宸殿にて仕る。その比紀の権守と申す人才智の人なりけり。これはかの氏安が妹婿なり。これも相伴ひて申楽をす。その後六十六番までは一日につとめがたしとて、その中を選んで、稲積の翁、翁面代継の翁、三番申楽父助、この三つをさたむ。今の代の式三番これなり。すなはち法・報・応の三身の如来をかたどり奉るところなり。式三番の口伝別紙にあるべし。秦氏安より光太郎金春当代まで二十九代の遠孫なり。これ大和国円満井の座なり。同じく氏安より相伝へたる聖徳太子の御作の鬼面、春日の御神影、仏舎利、是三つこの家に伝ふるところなり。
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風姿花伝・第四 神祇一 申楽、神代のはじまりといふは、天照大神、天の岩戸にこもり給ひしとき、天下とこやみになりしに、月神の御子島根見尊をはじめたてまつりて、八百万の神達天の香久山にあつまり、大神の御心をとらむとて神楽を奏し、才男を始め給ふ。中にも天の鈿女尊すすみ出でて、榊の枝に幣を付けて声をあげ、ほとろ職踏みとどろかし、神がかりすと謡ひ舞ひかなで給ふ。その御声ひそかに聞えければ、大神岩戸を少し開きたまふ。国土また明白たり。神達の御おもしろかりけり。そのときの御あそび、申楽の初といふ。くはしくは口伝にあるべし。
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風姿花伝・序夫れ申楽延年の事、態その源を尋ぬるに、或は仏在所よりおこり、或は神代より伝はるといへども、時移り代へだたりぬれば、その風を学ぶ力及びがたし。近比万人のもてあそぶところは、推古天皇の御宇に、聖徳太子、秦河勝に仰せて、且は天下安全の為、且は諸人快楽の為、六十六番の遊宴をなして、申楽と号せしより以来、代々の人、風月の景を仮りて、このあそびの中だちとせり。その後、かの河勝の遠孫、この芸を相続ぎて、春日日吉の神職たり。仍て和州江州の輩、両社の神事に従ふこと、今に盛なり。されば、古を学び新を賞する中にも、全く風流をよこしまにすることなかれ。ただ言葉賤しからずして、姿幽玄ならんを承けたる達人とは申すべきか。先づこの道にいたらんと思はん者は、非道を行ずべからず。但し歌道は風月延年のかざりなれば、尤もこれを用ふべし。凡そ若年より以来、見聞き及ぶところの稽古の条々、大概注し置くところなり。一、好色、博奕、大酒、三重戒、これ古人の掟なり。一、稽古は強かれ、諍識はなかれとなり。
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風姿花伝・第四 神祇一 仏在所には、須達長者祗園精舎をたてて供養のとき、釈迦如来御説法ありしに、提婆一万人の外道をともなひ、木の枝篠の葉に幣を付けて踊り叫めば、御供養宣べがたかりしに、仏舎利弗に御目を加へ給へば、仏力を受け御後戸にて鼓鉦鼓をととのへ、阿難の才覚、舎利弗の智恵、富楼那の弁説にて、六十六番の物まねをし給へば、外道笛鼓の音を聞きて後戸にあつまり、これを見てしづまりぬ。その隙に如来供養を宣べ給へり。それより天竺にこの道は始まるなり。
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風姿花伝・第四 神祇一 日本国においては、欽明大皇の御宇に、大和国泊瀬の河に洪水の折節、河上より一つの壺流れくだる。三輪の杉の鳥居のほとりにて、雲客この壺をとる。中に緑子ありかたち柔和にして玉のごとし。これ降人なるが故に、内裏に奏聞す。その夜御門の御夢に、緑子のいはく、我はこれ大国秦の始皇の再誕なり、日域に機縁ありて今現在すと云々。御門奇特におぼしめし、殿上にめさる。成人にしたがひて才智人に超えて、年十五にて大臣の位にのぼる。秦の姓をくださる。秦といふ文字はたなるが故に、秦河勝なり。上宮太子天下少し障ありしとき、神代仏在所の吉例に任せて、六十六番の物まねをかの河勝におほせて、同じく六十六番の面を御作にて、すなはち河勝にあたへたまふ。橘の内裏の紫宸殿にてこれを勤む。天下治まり国しづかなり。上宮太子末代の為、神楽なりしを、神といふ字の偏をのけて旁を残し給ふ。これ日よみの申なるが故に申楽と名付く。すなはちたのしみを申によりてなり。または神楽を分くればなり。かの河勝、欽明・敏達・用明・崇峻・推古・上宮太子に仕へたてまつり、この芸をば子孫に伝へて、化人跡を止めぬによりて、摂津国難波の浦よりうつぼ船にのりて、風にまかせて西海に出づ。播磨国坂越の浦につく。浦人舟をあけて見れば、形人間に変れり。諸人に憑き祟りて奇瑞をなす。すなはち神と崇めて国豊なり。大きに荒るると書きて、大荒大明神と名付く。今の代に霊験あらたかなり。本地毘沙門天王にてまします。上宮太子守屋の逆臣をたいらげ給ひしときも、かの河勝が神通方便の手にかかりて、守屋は失せぬと云々。
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風姿花伝・第三 問答条々問、抑申楽を始むるに、当日にのぞんで先づ座敷を見て吉凶をかねて知る事は、いかなる事ぞや。答、この事一大事なり。その道に得たらん人ならでは心得べからず。先づその日の庭を見るに、今日は能よく出来べき、あしく出来べき瑞相あるべし。これ申しがたし。然れども、およその了簡をもて見るに、神事貴人の御前などの申楽に、人群集して座敷いまだしづまらず。さるほどに、いかにもいかにもしづめて、見物衆申楽を待ちかねて、数万人の心一同に遅しと楽屋を見るところに、時を得て出で、一声をもあぐれば、やがて座敷も時の調子に移りて、万人の心仕手のふるまひ和合してしみじみとなれば、なにとするもその日の申楽ははやよし。さりながら、申楽は貴人の御出を本とすれば、若しはやく御出あるときは、やがて始めずしてはかなはず。さるほどに、見物の衆の座敷いまだ定まらず、或は遅ればせなどにて、人の立居しどろにして、万人の心いまだ能にならず。されば左右なくしみじみとなることなし。さやうならんときの脇の能には、物になりて出づるとも、日来より色々と振をもつくろひ、声をも強々とつかひ、足ふみをも少し高く踏み立ち、ふるまふ風情をも人の目にたつやうにいきいきとすべし。これ座敷をしづめん為なり。さやうならんにつけても、殊更その貴人の御心にあひたらん風体をすべし。されば、かやうなるときの脇の能十分によからんこと、返々あるまじきなり。然れども、貴人の御意にかなへるまでなれば、これ肝要なり。なにとしても、座敷のはやしづまりて、おのづから浸みたるにはわろきことなし。されば座敷の気勢気後をかんがへて見ること、その道に長ぜざらん人は左右なく知るまじきなり。またいふ、夜の申楽ははたと変るなり。夜は遅く始まれば、定まりて浸めるなり。脇の申楽湿りたちぬれば、そのまま能はなほらず。いかにもいかにもよき能を利かすべし。夜は人音騒々なれども、一声にてやがてしづまるなり。然れば、昼の申楽は後がよく、夜の申楽は指寄よし。指寄湿りたちぬれば、なほる時分左右なくなし。秘義にいふ、抑一切は陰陽の和する所の境を成就とは知るべし。昼の気は陽気なり。さればいかにもしづめて能をせんと思ふ巧は陰の気なり。陽気の時分に陰の気を生ずること、陰陽和する心なり。これ能のよく出来る成就の初なり。これおもしろしと見る心なり。夜はまた陰なれば、いかにも浮々とやがてよき能をして、人の心花めくは陽なり。これ夜の陰に陽気を和する成就なり。されば陽の気に陽とし、陰の気に陰とせば、和する所あるまじければ、成就もあるまじ。成就なくば、なにかおもしろからん。また昼のうちにても、時によりてなにとやらん座敷を湿りてさびしきやうならば、これ陰の時と心得て、しづまらぬやうに心を入れてすべし。昼はかやうに時によりて陰気になることありとも、夜の気の陽にならんこと、左右なくあるまじきなり。座敷をかねて見るとは、これなるべし。