風姿花伝 / 第二 物学条々
これは凡そ各別の事なれば定めて稽古すべき形木もなしただ肝要いでたちなるべしまた面をも同じ人と申しながら模様の変りたらんを被て一体異相したるやうに風体をもつべし劫入りたる仕手に似合ふものなり返々いでたちを唐様にするならでは手立なしなにとしても音曲もはたらきも唐様といふ事はまことに似せたりともおもしろくもあるまじき風体なればただ一模様得んまでなりこの異相したると申す事などかりそめながら諸事にわたる公案なり何事か異相してかよかるべきかなれども凡そ唐様をばなにとか似すべきなれば常のふるまひに風体変ればなにとなく唐びたるやうによそ目に見なせばやがてそれになるなりこれらは故実の心得なり大方物まねの条々以上この外こまかなる事紙筆にのせがたしさりながら凡そこの条々よくよくきはめたらむ人はおのづからこまかなる事をも心得べし
書き下し
これは凡そ各別の事なれば、定めて稽古すべき形木もなし。ただ肝要いでたちなるべし。また面をも、同じ人と申しながら、模様の変りたらんを被て、一体異相したるやうに風体をもつべし。劫入りたる仕手に似合ふものなり。返々、いでたちを唐様にするならでは手立なし。なにとしても音曲もはたらきも、唐様といふ事は、まことに似せたりともおもしろくもあるまじき風体なれば、ただ一模様得んまでなり。この異相したると申す事など、かりそめながら諸事にわたる公案なり。何事か異相してかよかるべきか。なれども凡そ唐様をば、なにとか似すべきなれば、常のふるまひに風体変れば、なにとなく唐びたるやうによそ目に見なせば、やがてそれになるなり。これらは故実の心得なり。大方、物まねの条々以上。この外こまかなる事、紙筆にのせがたし。さりながら、凡そこの条々よくよくきはめたらむ人は、おのづからこまかなる事をも心得べし。
現代語訳
これはおよそ特別なもので、決まった手本とすべき型もない。ただ扮装が肝要である。また面も、同じ人間とはいっても、模様の変わったものをかぶって、姿全体を異相(異国風の姿)に見えるように風体を整えるべきだ。年功を積んだ役者にふさわしいものである。とにかく、扮装を唐(異国)風にするよりほか手立てがない。どうしても謡も所作も、唐風というものは、本当に似せたとしても面白くはならない風体なので、ただ一つの様式を身につける程度でよい。この「異相にする」ということなどは、仮のことながら、あらゆる役に通じる工夫である。どんな役でも異相にしてよいはずはない(が、唐事は別だ)。とはいえ、おおよそ唐風をどうやって似せるかといえば、普段のふるまいから風体を変えれば、なんとなく唐めいて見え、そう見なせば自然とそれらしくなるのである。これらは故実(伝統の心得)である。だいたい、物まねの条々は以上である。このほか細かなことは、書き尽くしがたい。しかし、おおよそこれらの条々をよくよく究めた人は、自然と細かなことも心得るはずである。
解説
この章句が説くこと
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風姿花伝・第二 物学条々物まねの品々、筆に尽しがたし。さりながら、この道の肝要なれば、その品々をいかにもいかにも嗜むべし。凡そ何事をも残さずよく似せんが本意なり。然れどもまた、事によりて濃き淡きを知るべし。先づ国王大臣より始めたてまつりて、公家の御たたずまひ、武家の御進退は、及ぶべきところにあらざれば、十分ならんことかたし。さりながら、よくよく言葉を尋ね、品を求めて、見所の御意見を待つべきものなり。その外、上職の品々、花鳥風月の事態、いかにもいかにもこまかにすべし。田夫野人の事にいたりては、さのみにこまかに賤しげなるわざをば似すべからず。仮令、樵夫・草刈・炭焼・塩汲なんどの風情にもなりつべきわざをば、こまかに似すべきか。それよりなほくはしからん下職をば、さのみには似すまじきなり。これ上方の御目に見ゆべからず。若し見えば、あまりに賤しくておもしろき所あるべからず。このあてがひをよくよく心得べし。似事の人体によりて浅深あるべきなり。
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風姿花伝・第二 物学条々これまた大事なり。凡そもとより俗の身なれば、やすかりぬべき事なれども、ふしぎに能の位あがらねば、直面は見られぬものなり。先づこれは、仮令その物その物によりて学ばむこと是非なし。面色をば似すべき道理もなきを、常の貌に変へて貌気色をつくろふことあり、さらに見られぬものなり。ふるまひ風情をば、その物に似すべし。貌気色をば、いかにもいかにもおのれなりに、つくろはですぐにもつべし。
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風姿花伝・第二 物学条々凡そ女かかり、若き仕手の嗜みに似合ふ事なり。さりながら、これ一大事なり。先づ仕立見ぐるしければ、さらに見所なし。女御更衣などの似事は、たやすくその御ふるまひを見ることなければ、よくよくうかがふべし。衣袴の着やう、すべてわたくしならず尋ぬべし。ただ世の常の女かかりは、常に見なるる事なれば、げにもたやすかるべし。ただ衣小袖のいでたちは、大方の体よしよしとあるまでなり。舞・白拍子または物狂などの女かかり、扇にてもあれ、かざし(花ノエダナンドナリ)にてもあれ、いかにもいかにも弱々と、持ち定めずして持つべし。衣袴なんどをも長々と踏みくくみて、腰膝はすぐに、身はたをやかなるべし。貌のもちやう、仰向は見目わろく見ゆ。俯向はうしろかたちわろし。さて頸持も強くもてば女に似ず。いかにもいかにも袖のながき物を着て、手さきをも見すべからず。されば仕立を嗜めとは、かかりをよく見せむとなり。いづれの物まねなりとも、仕立わるくてはよかるべきか。なれども殊更女かかり、仕立をもて本とす。
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風姿花伝・第二 物学条々この道の第一のおもしろづくの芸能なり。物狂の品々多ければ、この一道に得たらん達者は、十方へわたるべし。くり返しくり返し、公案のいるべき嗜みなり。仮令、憑物の品々、神・仏・生霊・死霊の咎めなどは、その憑物の体を学べば、やすくたよりあるべし。親にわかれ、子をたづね、夫にすてられ、妻におくるる、かやうの思ひに狂乱する物狂、一大事なり。よきほどの仕手も、心に分けずして、ただ一ぺんに狂ひはたらくほどに、見る人の感もなし。思ひ故の物狂をば、いかにも物思ふ気色を本意にあてて、狂ふ所を花にあてて、心を入れて狂へば、感もおもしろき見所もさだめてあるべし。かやうなる手柄にて、人を泣かするところあらば、無上の上手と知るべし。これを心底によくよく思ひ分くべし。凡そ物狂のいでたち、似合ひたるやうにいでたつべきこと是非なし。さりながら、とても物狂に事よせて、時によりてなにとも花やかにいでたつべし。時の花をかざしにすべし。またいふ、物まねなれども心得べき事あり。物狂は憑物の本意を狂ふといへども、女物狂などに、或は修羅・闘諍・鬼神などの憑く事、これなによりもわるきことなり。憑物の本意をせんとて、女姿にて怒りぬれば見所にあはず。女かかり本意にすれば、憑物の道理なし。また男物狂に女などの寄らんことも、これ同じ了簡なるべし。所詮、これ体なる能をばせぬが秘事なり。能つくる人の了簡なき故なり。さりながら、この道に長じたらん書手の、さやうにあはぬ事をさのみに書くことはあるまじ。この公案をもつこと秘事なり。また直面の物狂能を、きはめてならでは十分にはあるまじきなり。貌気色をそれになさねば物狂に似ず。得たる所なくて貌気色を変ゆれば、見られぬ所あり。物まねの奥義とも申しつべし。大事の申楽などには、初心の人斟酌すべし。直面の一大事、物狂の一大事、二色を一心になして、おもしろき所を花にあてんこと、いかほどの大事ぞや。よくよく稽古あるべし。
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風姿花伝・第二 物学条々これはこの道にありながら、稀なれば、さのみの稽古入るべからず。仮令、荘厳の僧正并に僧綱等は、いかにも威儀を本として、けだかき所を学ぶべし。それ以下の法体・遁世・修行の身にいたりては、抖櫢を本とすれば、いかにも思ひ入りたる姿かかり肝要たるべし。但し、賦物によりて思ひの外の手数の入ることもあるべし。
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風姿花伝・第二 物学条々凡そこの物まねは、鬼かかりなり。なにとなく怒れるよそほひあれば、神体によりて鬼がかりにならんも、くるしかるまじ。但し、はたと変れる本意あり。神は舞かかりの風情によろし。鬼には更に舞かかりのたよりあるまじ。神をば、いかにも神体によろしきやうにいでたちて、気たかく、殊更出物ならでは神といふことはあるまじければ、衣裳をかざりて、衣文をつくろひてすべし。